未悠の企画力
本番当日。
未悠から「必ずや」と念を押された。
通常、日曜は昼まで寝ている。母親の怒鳴り声で目覚め、小言を聞きながら飯を食べる。腹いっぱいになったら二度寝して、夕飯を食べたら三度寝する。起きている最中は参考書を広げ、夢に向かってまっしぐら。そんな休日だ。
今日は早起きして、朝の11時にベッドから這い出した。昨日の時点で刀を渡してあるため、これといって準備する物はない。手ぶらでOKである。
ホームセンターで購入したMy愛車、スペシャル・ル・マロンに跨った。
断っておくが、決して略してはいけない……。
これから向かう場所は、トンボ公園と呼ばれている。
この公園、昔は何もないだだっ広い野原だった。小川が流れる長閑な風景で、無数のトンボが自由自在に飛び回っていた。
幼稚園の頃に連れて来てもらい、トンボを追いかけまわした記憶がある。
夢中で追いかけていたら足を滑らせて小川に落ち、助けに来た親父も足を滑らせて2人共にズブ濡れになった。それを見た母親が「親子だね」と下世話に笑い、ベビーカーの妹がスヤスヤ眠っていた。そんな思い出深い場所だった。
それがいつの間にか開発が進められ、ビルや商店、住宅が密集する情緒もへったくれもない場所になってしまった。
昔の懐かしくも長閑な景色を忘れないようにと「トンボ公園」と名付けられた。
誰が決めたか知らないが、名前だけノスタルジックにして、自然を破壊する行為を正当化しているようにしか思えない。利権の匂いがするのは俺だけか?
社会風刺が過ぎた。ごめん。
公園のすぐ隣に市が運営する公共施設がある。施設の名前は「コミュニティーセンター・赤とんぼ」で、ここの2階で同人イベントが行われるらしい。
この施設は我が町と隣町の境にあり、俺らのテリトリーからは外れている。どちらかというと、隣町が交通の便もよく出やすいため、余程の用事がない限り来ることはない。この辺の商業施設はほとんど知らず、コミュニティーセンターにも入った事がなかった。
未知なる場所に新鮮な息吹を感じながら入口のドアを開けると、これまた多数のオタがひしめき合っていた。体育館より規模は小さいが、それでも活気に満ち溢れていて大盛況だった。
前回のような大々的なイベントではないため、期待に股間を膨らませたセクシー刑事はいなかった。
レイヤーのいないイベは興味もへったくれもない。適当に挨拶をして帰ろうと未悠のブースを探していると、遠くに人だかりが見えた。
その中心にいるのが未悠だったのだが……。
着物をダボダボのズボンにインして腰痛用のコルセットで固定。そこに刀を差していた。たぶん羽織袴をイメージしたのだろう。腰ベルトは帯の代わり。
さらに、頭には新聞で作った兜を乗せていた。
変質者にしか見えなかった。
「さてお立合い。取り出しましたるこの刀。花散る剣と呼ばれ、戦国時代を駆け抜けた名刀でござる。平和を信じて乱世に散った者たちの命が花となって大空へ。本日は特別に、類まれなる切れ味をご賞味あれ」
大勢に囲まれた未悠が刀を抜いて口上を述べていた。
何が始まるのかと興味を引かれた人々が取り囲み、彼女のブースだけが異様な存在感を放っていた。
「たら~り、たら~りと流れ出る真っ赤な血を欲する妖刀。その切れ味は如何なる所業か!」
刀を構え、傍に設置してあったゴザの束をスパッと切り落とした。
そして「また一つの命が空へ舞ったか」と漫画のキメ台詞を吐くと、周りから歓声と拍手喝采が起こった。
「皆の者。この続きが気にならば、手に取って閲覧すべし」
口上で人を集め、実演で驚かせる。その隙に乗じて物品を売り捌く。まるでガマの油売りを見ているようで、プロも顔負けの手口だった。
「どうだ、売れ行きは」
「おおっ。我が誉」
「お前、的屋の方が向いてるんじゃないか?」
「ニョヘヘヘ」
売り上げは好調らしく、午前中2回の実演販売で目標冊数を完売したそうだ。
「企画力がスゲェな」
「目立つ事が今生の主旨」
「なるほどな」
「引っ込み思案は忘却の彼方ぞ」
「目に留まる回数が多ければチャンスが生まれるからな」
「まさにその発想」
作品を売り込むため、恥ずかしながらも自らコスプレを披露した。下手くそではあるが、見様見真似で必死の口上を述べた。その成果の表れか、目の前にあるテーブルには、見本品しか残っていなかった。
黙って指をくわえているだけでは何も始まらない。自ら前へ進む事によって新たな世界へ辿り着ける。
激ヤバTシャツを着て、誰かが声を掛けてくるまで指をしゃぶっている奴とは大違いである。
満面の笑みで座っている姿は、同級生とは思えないほど大人に見えた。
見た目は変態だが、な。
「お前、この後どうするんだ」
「売り物がござらん」
「帰るのか?」
「もう一仕事を熱望かと」
「他に何をやるんだよ」
「三次殿。手伝ってはくれまいか」
「はい?」
売り物がなくなった午後は、実演だけして帰る予定だったらしい。だが、俺が現れたことで話は変わった。
口八丁に手八丁、人見知りなぞどこ吹く風。人生を適当に渡り歩いてきた俺が口上を述べれば、さらに人々が足を止める。そう考えたらしい。
常日頃から、良くも悪くも注目を集めている。校内で起きる事件の7割に関わっており、騒ぎの中心には決まって俺がいる。
『事件が起きたら、まず三次』
という標語まで作られた。
そんな日常を間近で見ている彼女からすれば、千載一遇のチャンスだと思ったのだろう。
俺も男である。女子に懇願されてイヤな気はしない。しかも、クラスメイトなら喜んで協力するのが仲間というものだ。
「よし。任せておけ」
「期待値がマシマシぞ」
刀を手に取り、大声で語った。
「さあさあ。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。これから始まる物語は、空前絶後、奇想天外、摩訶不思議な……」
日本刀を天にかざし、意味不明の呪文を唱えた。そしてゴザを切り裂いた。
突如始まったパフォーマンスにどよめきが起こり、みな一挙一動に注目している。どんな形であれ、注目を浴びるのは興奮する。見られる羞恥心が快楽に変わってビンビンになった俺は、円月殺法でゴザを滅多切りにした。
その間、未悠は集まった人々に名刺を配っていた。
「また一つの命が空へ舞ったか」
刀をクルッと回して鞘へ納めると、会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
賞賛は体中の血を沸き立てる。なんかこう、心の奥をくすぐられた感覚で、淫靡な仕草で「もっとぉ~」と懇願したくなる。
一仕事を終え、尖った乳首をさすりながら席へ座った。
「三次殿。素晴らしい演舞、乙です」
「なになに。こんなの容易い事よ」
「次回は、三次殿を主軸とした物語を欲しますな」
「そ、そうかぁ~」
「男気ある正義の使者と呼び声高く」
「やめろよ。照れるじゃねぇか」
「愛と勇気を持って悪に立ち向かう者の名は」
「者の名は?」
「勇者サンジー」
「グハハハ!」
「そ、創作意欲が止まりませぬぅ~」
常に新しいモノを生み出すのは大変な作業だ。悩んだり行き詰ったり、途中で投げ出したくなったり。人知れぬ苦労が沢山ある。
それでも続ける理由は、完成した時の高揚感だったり満足感だったり。今日のように仲間と共有する楽しみだったり。苦悩の先にある喜びが原動力なのだろう。
未悠が嬉しそうにしていたので、そういう事なのだと思う。
「三次殿。今日は誠に感謝の意」
「何かあったら言えよ。また協力してやんぜ」
「頼もしいお言葉、お礼の台風」
「感謝なんかいらねぇよ。友達だろ」
「ああっ、何という温かい言霊」
「ハハハ」
「主は誠に女の敵ですな」
「そうか?」
「惚れたら最後。後戻りは出来ませぬ」
「相変わらず大袈裟だな」
「よっ、後家殺し!」
「……意味違うと思うぞ」
達成感に包まれながら後片付けを手伝っていると、遥か向こうで指をしゃぶってこちらを睨みつけている輩がいた。
彼とは絶交したので、見て見ぬふりをした。




