ちょっとしたハプニング
大和魂とは。
日本民族特有の正直で自由な心。困難に負けない不屈の精神である。頼られたら、自分を犠牲にしてでも協力する。それは、漢と同義語なのだ。
未悠の喜ぶ顔が見たい。その一心だけが俺を突き動かした。
一本づつ丁寧に柄巻をし、鍔に透かし彫りの細工を施した。鞘には漆まで塗った。漆の扱いは気を付けないと手がボロボロになる。
真っ赤に腫れあがった手で学校へ行くと、変な病気にかかったと誤解され「三次に近づくと鼻がもげる」とエンガチョされた。
肝心の刀身は、グラインダーでギリギリまで磨き上げた。完璧ではないが僅かながら反りも再現した。さすがに波紋までは無理だったが、日本刀独特の形を上手く捉えたと思う。そこから更に削り出し、刃も作った。
本来は刃を作る必要などない。形だけで十分だ。しかしそこは職人魂。切れない刀は、ウォシュレットのないトイレと同じ。痔になる。
寝る間も惜しんで精力を傾けた。
気が付いたらイベント前日になっていた。ギリギリ間に合った感じである。
これだけ集中したのは久しぶりだった。夜遅くまで製作し、眠い目を擦りながら学校へ行く。授業中に爆睡をかまし、目が覚めると帰宅時間になっていた。自宅へ帰って飯、風呂を適当に済ませて再び集中する。
夜中に刃物の研ぐ音が部屋中に響き渡り、隣の部屋で寝ている妹が「気持ち悪いから止めて」とクレームを言ってきた。無視して続けていると今度は母親が乱入してきて「うるさいわよ!」と怒鳴られた。挙句の果てに親父が現れて「ついでにこれも研いどけ」と包丁を手渡れた……。
家族に罵声を浴びせられ、ようやく完成にこぎつけた代物は、惚れ惚れする程の美しさだった。誰も褒めてくれないので自分で褒めたたえるが、今までの中でも5本の指に入る傑作だと思う。
柄巻きのお陰で握り心地が良く、手にジャストフィットする。鞘に漆を幾重にも塗り重ねたお陰で黒光りして重厚感を醸し出していた。鞘から引き抜くと、ギラっと輝く刀身に怖いくらい鋭利な刃先。
試しに国語の教科書を藁に見立てて降り下ろすと、鮮やかな切り口で真っ二つに裂けた。完全に銃刀法違反である。
見た目、切れ味共に最高の日本刀が完成した。ついでに刀掛まで製作した。もちろん漆塗りで細部に彫刻を施した自信作だ。
後は、これを未悠の元へ持って行けば仕事は終わる。刀掛に置いてしばし恍惚と眺めてから深い眠りに付いた。
次の日の土曜。
最高の出来栄えにテンションが上がり過ぎて、未悠の家へ持って行くまでの間に試し切りをしたくなる衝動に駆られた。新しい包丁を手にすると切れ味を試してみたくなるのと似ている。
とびっきりバカな俺でも、さすがにそんな事はしない。抜きたい気持ちを押さえつつ、流浪の剣士を気取って未悠宅へ向っていた。
金玉商店街を抜け、駅前大通りに差し掛かった時だった。駅前近くの交番から突き刺す視線が注がれた。横目でチラッと見ると、友則の件で一悶着した例の女性警官が睨んでいた。
何だかすこぶるイヤな予感がする。こういう場合、気付かぬふりをして立ち去るのが安全というものだ。
しれ~っとした顔で通り過ぎると。
「ちょっと君。待ちなさい」
呼び止められた。
「び、Bカップ……」
「その手に持っている物は刀ね」
「……」
「本物?」
「おもちゃです」
「おもちゃにしては出来がいいわね」
「手作りでして」
「見せなさい」
「何故に故?」
「いいから見せなさい!」
これは難儀な事になってきた。手作りと言えども切れ味抜群の日本刀である。張り切り過ぎて、本物と見間違う程の精巧さを生み出してしまった。たぶん、交番勤務のBカップに違いは分からないだろう。見せた時点で即逮捕案件である。
友則の一件以来、俺らを執拗にマークしている。特に俺を目の敵にしている。
「何か怪しいわね」
「別に怪しくありませんが」
「ちょっと交番まで来なさい」
「俺、忙しいもので」
「抵抗する気? 増々不審ね」
「……」
未悠の喜ぶ顔が見たいために製作した。ここで奪い取られたら、今までの努力が水の泡になる。夜も寝ないで作り上げた最高傑作。俺の名誉と意地と魂が込められた命である。
仮にGカップ警官なら喜んでお縄を頂戴するが、Bカップに逮捕されるのは遺憾である。何もしていないのに主犯格扱いされ、強烈なビンタまで喰らった。清廉潔白な少年を疑うなどあるまじき行為である。
前回会った時より膨らみが増している気がする。しかも不自然な膨らみだった。どちらが偽りなのか。ここで白黒ハッキリつけようではないか。
考え抜いた俺は、柄に手を置いて構えた。その姿を見た女性警官は慌ててホルスターを触った。睨み合うこと数秒。「あっ!」と叫んで彼女の後ろを指さした。
俺の誘導に思わず反応し、振り返った隙を狙って不自然な胸を鷲掴みにした。
「ち、ちょっと。何するのよ!」
「パットをてんこ盛りにしてんじゃねぇー」
「公務執行妨害及び公然わいせつ」
「油断する方が悪い」
「現逮!」
「頬の痛み忘れんぞ。Bカーップ!」
そう叫んで爆速で逃げた。後ろから鬼の形相で追いかけてきたが、逃げ足だけは天下一品である。ここで捕まる訳にはいかない。
町の隅々まで知り尽くしている俺は、裏路地を縦横無尽に駆け巡り、塀を乗り越えて他人の家の庭を勝手に通り過ぎた。そしてホームセンターへ紛れ込んでバックヤードから脱出した。
「グハッ、ハァハァ。ったく、しつこい奴め」
危機一髪で難を逃れた。幼気な少年の心を踏みにじり、トラウマを植え付けた報いである。
この際、ハッキリ言わせてもらう。友則には優しく、俺に厳しいの何故だ。胸をイジったからか?
悪い事は何もしていない。正直にありのままを答えただけだろうがぁぁ。
天敵のBカップを振り切ってようやく未悠の元へ辿り着いた。
心躍りながらインターホンを押した。しばらくすると、ボサボサ頭にずり落ちる眼鏡。可愛げもそっけもないイモジャージ姿で現れた。全ての上着の裾をインしてハイウエストで登場した所を見ると、先ほどまで寝ていたと推測する。
「おう。寝てたのか」
「昨夜は最終追い込みの境地」
「起こして悪かったな」
「なんのなんの」
「完成したぜ」
持っていた刀を目の前に突き出して鞘から引き抜いた。そして用意してあったコピー用紙を取って刃先に当てた。紙は音もなく2つに切れ、玄関先にヒラヒラ舞い落ちた。
その光景を目にした途端、寝ぼけ眼の未悠の瞳に生気が戻った。
「こ、これは最高の至高」
「気に入ったか?」
「エクスタシーが髪の先までビッシリとぉぉ~」
「……それは何より」
「これ以上の快楽は脳を破滅させる」
「扱いには気を付けろよ。ヤバイくらい切れるから」
「円舞曲がぁぁぁ」
「……」
言っている意味が1ナノも理解出来なかったが、喜んでいるのは確かだった。
彼女が満足なら製作した甲斐があるってものだ。本気で切れ味抜群のため、取り扱いには細心の注意が必要である。
俺は何度も注意点を反復し、
「我が生涯を賭けた最高傑作。これで時代を変えてくれ」
ニコッと笑って未悠に手渡した。
「こ、心を揺さぶる名台詞……」
「明日持って行くんだろ」
「もう準備は最高潮」
「そうか。完璧か」
「パフォーマンスも披露の心づもり」
「何する気だ?」
「それは明日への活力に」
「とにかく危険な代物だから気を付けろよ」
「心得て候」
「ところで場所はどこだ?」
「トンボ公園のコミセンと相なる」
「ああ、あそこか」
「三次殿も御来客か?」
「遊びに行くよ」
「おおっ。妄想しただけで全ての毛穴がぁぁぁ」
「……お、落ち着け」
体中を小刻みに震わせて喜ぶ未悠。明日は彼女にとって一世一代のイベントになるだろう。
楽しみなようで、少し不安なようで……。




