久しぶりの再会
その日は快晴だった。
校庭の片隅に佇む桜の木はピンクに染まり、新たに入学してくる若い息吹を歓迎するかのように咲き誇っていた。
汚れのない制服と新品のリュックを背負って登校してくる新入生たち。子供から大人へ一歩踏み出す瞬間である。これから数々の出会いが生まれ、新たな仲間が増えていく。去年まで自分もあの中にいたかと思うと、月日の早さに驚くばかりだ。
今日から俺は天下無敵の中学2年生である。
小学生気分が抜けず、サイズの合わない制服を着る。使ったことのない敬語に戸惑い、厳しい上下関係に右往左往し、黒板に書かれた難攻不落な問題を涙を流しながら解く。そんな青臭い蒙古斑野郎は卒業だ。これからは、大人として自覚のある対応が求められる。
ピカピカの新入生を横目に、クリーニングでも落ちなかったシミを付け、薄汚れたリュックで校門を潜った。
新学期というのは妙にドキドキする。進級するとクラス替えが行われるため、特に注意が必要だ。間違って元の教室に入ったら奇異な目で見られるだろう。
大恥をかかぬよう、入口に貼られたクラス表で自分の名前を確認してから扉に手を置いた。
新たなクラスに未知なる仲間たち。この先、彼らと苦学を共にするかと思うと鼓動が高鳴る。爆速で動く心臓を押さえ、大きく深呼吸をしてから教室の引き戸を開けた。
「おはようさん」
今日から仲間になるクラスメイトに爽やかな笑顔で挨拶をした。机に貼られた名前を確認して席に着くと、声高らかに見知ったやつが近づいてきた。
「おおっ、三次じゃないか!」
「おう克己。一緒のクラスかよ」
「奇遇の偶然だな」
「小学校以来か」
「まさか一緒のクラスになるとは驚きだ」
「ホントだな」
「新学期そうそうツイてるぜ」
「ハハハ。そうか」
「こりゃ、処女膜再生手術だな」
「……相変わらずだな、お前」
彼の名前は今野克己。昔からの馴染みで気心の知れた親友である。
扉を開けるまでは不安だったが、新しいクラスに知り合いがいる。これで不安材料は一気に吹き飛んだ。
「知り合いが誰もいなかったらどうしようかと思ったよ」
「お前、人見知りだもんな」
「三次が居てくれりゃ安心だ」
「これからよろしくな」
彼とは小学4年生の時に出会い、とあることをきっかけに仲良くなった。
そのきっかけとは……。
まだ男女の区別すらつかず、朝顔がピクリとも開花しない頃。克己が一冊の本を手渡してきた。
「三次。これやるよ」
「何だよこれ」
「おっと。まだ開けるんじゃない」
「は?」
「お楽しみは家に帰ってからだ」
「お前、何言ってんの?」
「今日からお前は生まれ変わるぜぇ~」
言っている意味がこれっぽっちも理解できなかった。
様々な出会いを繰り返し、共に泣き笑い、心が折れるまで恋をする。それでも愛することの素晴らしさを知った時、人は大きく成長するのだ。たった一冊の本が人生を変えるとは思えない。
半信半疑ではあったが、言われた通り自宅へ帰ってから開いてみた。
生まれ変わった。
その日以来、女体研究が毎日の日課になった。様々な参考資料を読み漁り、その道のプロを目指して躍進した。ただ、当時の俺は純真無垢なおこちゃま。毎回参考書を入手するのは至難の技だった。
なるべく穏やかな表紙を探し、生唾を飲んでレジまで持っていく。つい先ほどまでお爺ちゃん店員だったのが、いつの間にか若い女性店員にすり変わっている。目と目が合った途端にUターンして本棚へ戻す。幾度となく未遂に終わり、どれだけ神経をすり減らしたことか。欲望に負けて盗みを働く訳にもいかない。
ネットを閲覧したくてもパソコンをいじった形跡があればブン殴られる。しかも内容が内容だけに、バレた時のことを想像すると、色々な箇所が縮み上がって役に立たない。
畑のど真ん中にそびえ立つとの都市伝説を聞き、幻の自販機を探し求めて深夜を彷徨ったこともある。
様々な工夫を凝らした結果、思いついたのが克己の存在であった。
こいつはイラストを描かせたら天下一品で、脳みその全てをエロに捧げているため都合がいい。給食のプリンを渡してお願いすると、満面の笑みで協力してくれた。
出会った頃は無口でニマニマしながら絵を描いているオタク野郎だった。たまたま机の前を通り過ぎた時、その上手さに驚愕した。
「お前、絵上手いんだな」
「それほどでもねぇーよ」
「ちょっと何か描いてくれよ」
「何でものいいのか?」
「ああ、好きなモノを描いてみ」
自信満々で描いたイラストは、裸体の二次元美少女だった。
「こ、これは……」
「どうだ?」
「素晴らしい出来栄えだね……今野君」
自分の趣味を共有できたことに喜びを感じたのだろう。この日を境に、事あるごとに俺んちへ上がり込んでくるようになった。
「おい三次。ついに完成したぜ」
「何がだよ」
「イラスト集だ」
「イラスト集?」
「とにかく見ろ」
手渡されたのは……。
「な、なんじゃこりゃぁぁーー!」
「渾身の作だ」
描かれていたのは、二次元美少女でちっぱいの華奢娘たちだった。注文は20代のセクシー巨乳系だったはず。しかも首輪とロープが絶妙に絡み合ったヤバイ系で、さらに複数人にいた。
「こんなん貰って俺にどうしろと?」
「興奮してきたか」
「ピクリとも反応しねぇよ」
「サルになってもいいんだぜ」
「ならねぇよ」
そんな心温まる思い出を経て友情を深めていった。
「小4以来の同クラスはソクゾクするぜ」
「そうだな」
「ところで三次。最近、新作を描いたんだが見るか?」
「いや、いいや」
「遠慮すんなよ」
「別に遠慮してる訳じゃ……」
俺らがゲスな会話をしている頃、続々と新たな仲間たちが登校してきた。これから共に泣き笑いする友人たち。同じ時代の同じ空気を吸って生きていく。そう思うと目頭が熱くなる。
各人の顔を目に焼きつけ、これからの楽しい思い出に浸っていると、教室の引き戸が乱暴に開けられた。
「おはようさん」
威風堂々とした男が入ってきた。




