野生児の直観力
その日を境にコスプレにハマった俺は、教室で克己と語り合っていた。
「この間のイベ面白かったな」
「まさかお前がハマるとは思わなかったぜ」
「あれにハマらない男なぞいるか!」
「どれが良かった?」
「やっぱ、セクシー刑事だろ」
「バレリーナ悪魔の美咲ちゃんもいいぜ」
「バ、バレリーナ悪魔!?」
「レオタードがシースルー」
「想像しただけでヤバイ事になってんだが?」
「しかも悪魔のシッポ付き」
「マジかよ」
「必殺技は、ハートのシッポでツンツン攻撃」
「は、鼻血がぁぁぁ」
朝っぱらからゲスな会話をしている俺らに、冷めた視線を送るクラスメイト。
気持ちは痛いほど分かる。
朝は一日の始まりであり、今日が良い日なるかが決まる時間である。太陽がサンサンと降り注ぎ、やる気と元気と勇気が漲る。今日も一日頑張ろうとしている矢先のバカげた会話は、不快そのものであろう。
みんなの「いい加減に黙りやがれ」という怒りの視線が向けられる中、苦々しく思っている人物がもう1人いた。
別に仲間外れにした訳ではない。普段の行動から推測して限りなく危険と判断したからだ。
克己にとって同人イベントは人生の一部だ。毎回楽しみにしている特別な時間である。会場で仲間と趣味を共有したり、新たな情報を収集したりと、生きていく過程において重要な位置を占めている。
仮にこの手のイベントが無くなった場合、彼は人生の目標を見失い、自宅から一歩も外へ出なくなる。完全な引きこもりと化した克己は、やがて冷蔵庫や洗濯機に話しかけるようになる。
イベント終わりの帰り道、こんな事を言われた。
「友則にはナイショで頼む」
「なぜだ?」
「お前も見たんだから状況は分かるだろ」
「セクシー刑事か」
「予想付くだろ?」
「……最悪だな」
俺らじゃなくても予想は付く。セクシー刑事を見た友則は、脳波が急停止して己を見失う可能性が高い。高いというか、100%の確立で何かしらの行動を起こす。
『中学生が同人イベントで狂気の行動』
警察が乱入し、カメラ小僧が証拠写真を押さえ、学校に連絡が回る。ニュースが面白おかしく騒ぎ立て、イベントは安全確保の観点から中止となるだろう。
逮捕歴がある以上、友則の行動は信用に値しない。しかも裸同然の年上女性とくれば、もはや前頭葉は砕け散る。克己としては、絶対に避けたい案件である。
「あいつの事だから露出は決定事項だぜ」
「舞台上で仁王立ちするだろうなぁ~」
「そんな事をしたら警察沙汰だぞ」
「……確かに」
「頼む。黙っていてくれ」
「分かった」
親友に頼まれれば黙って従うのが男。仲間の楽しみを守ってやるのも男の仕事である。
何やら怪しい動きを察知している友則は、ジーっと俺らを睨んでいた。
つまらない授業が続き、思考回路が焼き切れそうになった頃。
「おい三次。なにボーっとしてるんだ!」
久しぶりに忠告を受けた。
俺、友則、克己は教師からもサジを投げられているため、授業中に指摘される事は滅多にない。余程の事が無い限り完全スルーされている。
しかし、今日に限って何故だろう。
「これを和訳してみろ」
「はい?」
黒板には what do you want to be in the future. と書かれていた。
俺は生粋の日本人で、他国の言葉を覚えても何のメリットもない。そういうポリシーで生きている。この先、海外留学をするとは考えにくい。旅行くらいは行くかもしれないが、たぶん日本語でゴリ押しする。下手な英語を使うより母国語の方が通じやすいと思う。唯一覚える機会があるとしたら、海外の女性とお付き合いした場合だろう。この時ばかりは命を懸ける。
よって、黒板の文字は1文字も読めなかった。
だが俺は、不可能を可能にする男。先生がわざわざ指名するという事は、何かしらの意図があるに違いない。俺を出汁にして笑いを取るか。もしくは、小馬鹿にして長年培った地位と名誉を失墜させるか。どちらにしろ、何かある!
黒板の謎めいた文字をジーっと見つめた。
「あなたは将来何になりたいですか……ですか?」
その一言でクラス中が沸き、教師は驚いた様子で俺を凝視した。
何だか知らんが当たったらしい。デタラメでも当たると気持ちがいい。
「お前、凄いな」
「ま、まあそれほどでも」
「いつ勉強したんだ?」
「俺だってやる時はやりますよ」
「ほう、立派な心がけだな」
「こんなん余裕です」
「じゃあ聞くが、お前は将来何になりたいんだ」
「え?」
唐突な質問に戸惑った。
将来など考えた事もない。毎日を楽しく過ごせれば、それが一番と豪語するバカの見本みたいな生き方をしている。だからこそ、あえて質問したのだろう。
「ほら、どうした。お前は何になりたいんだ」
「……」
「もしかして、何も考えていないのか?」
「いや……」
「じゃあ、答えてみろ」
「……セ、セクシー刑事」
クラス中が大爆笑になり、教師は「やっぱりな」という顔をした。克己は「あちゃぁ~」と頭を抱え、友則が「ん?」という疑問符を抱いていた……。
克己、すまん! 何も思い浮かばなかったんだよぉぉーー。




