フェスティバルはカーニバル
それからも学校とアトリエ、アトリエと自宅を往復しながら漫画に没頭していた。
おしゃべりな克己が一言も発しないのは正直怖い。暇さえあれば、訳の分からないことを語って聞かせる輩である。
あまりの煩さに頭突きで黙らせるが、バカなので三歩も歩けばすっかり忘れて語り出す。しかも「人の話を聞く」という、人間としての根本的な部分が欠落しているため、自己中な内容ばかりだ。温厚な俺ですらイラっとくる。頭突きでも収まらない場合、モンゴリアン・チョップであの世へ送っている。
そんなトラッシュトークを炸裂させる彼が終始無言。本気で即身仏になったのかと思い、試しにアトリエ近くに、いちご牛乳を置いてみた。数分後「うまい!」という声が聞こえて安心した。
友則は友則でリラックスして貰おうと、周辺にお香を焚いていた。心身ともに落ち着く香りが森の中に漂い、何とも言えない高貴な気分になる。
ただ、なぜ踊りながら周回しているのか。しかも全裸で。
どこかの部族のおまじないなのか?
親友の心温まるサポートを全身で受け止め、克己だけが待ちに待ったイベントが開催された。
「三次。ヒマだったら遊びに来いよ」
「どこでやるんだ?」
「市営体育館」
「ああ、あそこか」
「楽しいぜ」
「でも俺、同人誌とか興味ねぇからな」
「それだけじゃない。スペシャルイベがあるんだよ」
「どんな?」
「それはナイショだ」
気持ち悪いウィンクで誘われた。正直乗り気はしなかった。
俺はこうみえても忙しい身分である。予習復習を毎日の日課としており、一日も欠かした事がない。日頃の積み重ねが大切なのだ。その他にも映画鑑賞だったり、新製品の開発だったり。夢に向けて忙しく動いている。
これが好きなイベントなら気分転換がてら出掛けるのだが、今回は道に落ちている煙草の吸殻くらい興味がない。しかし克己が「来たら人生変わるぜぇ~」とエロい顔で誘って来る。
小学生の時、その言葉を信じて人生が変わったように、今回も何かが起こるかもしれない。淡い期待を胸に妹の貯金箱から少々拝借し、自慢の愛車「スペシャル・ル・マロン」にまたがり、暇つぶしがてら市営体育館へ向かった。
スペシャル・ル・マロン。略してスペルマを降りて入口まで行くと。
【第5回 同人フェスティバル ~自由なあなたへ夢を届けて~】
ご丁寧に副題まで付けられた横断幕が掲げられていた。
ここは俺の町で、貝東地区のことなら全てを知っている。若い女性店員のいない本屋はどこか。今月の映画は何の悶えなのか。新しい自販機の設置場所から最近出来たお店まで。貝東市貝東町は、俺に任せておけ状態である。
そんな俺にも知らないことがあった。
「……5年も開催されてるのかよ」
克己のようなオタがこの町に沢山いる。そう考えると不思議な感覚だった。さして興味はないが、入場料はタダらしいので興味本位で入ってみた。
そこは、思い描いているイメージとは違っていた。
長机が所狭しと並べられていて、プラスチックの簡易ボードでブースが仕切られていた。各ブースには、のぼり旗や自作のPOP、タペストリーなどで彩られ、アピールしたい商品が積まれていた。
作品も多種多様だった。漫画やイラストに始まり、フィギュア、ぬいぐるみ、CDやDVD。缶バッチのような小物まで。あらゆる自作品が所せましと並んでいた。
出品している連中ばかりではない。それを見に来る人、友達や関係者などが体育館にひしめき合っていた。この町には何人のオタクがいるんだ? と驚く盛況ぶりである。
薄暗い室内で根暗なオタクたちが薄笑いを浮かべ、奇妙奇天烈な物品を売買している。眼鏡に小太り、ネルシャツを着て、左右の長さが非対称のジーンズを履く。そして大量の缶バッチを付けたリュックを背負っている。人権問題に発展しそうなイメージしかなかった。
ここにそんな連中はいない。逆に俺より爽やかな奴らが仲間と趣味を共有し、作品を自慢し合っていた。その顔は輝いていて、みな心から楽しそうだった。
「こういう世界もあるんだな」
笑顔の連中に詫びを入れつつ、親友のブースへ行った。
「オス!」
「おおっ、三次」
「どうだ調子は」
「ウエルカム我が城へ」
「盛況だな。毎回こんな感じなのか?」
「今回は5周年で特別だからな。いつもより多めだぜ」
「ふ~ん」
「まあ、遠慮せず見て行けよ」
テーブルに並べられた作品を自慢げに見せびらかす克己。その中から新作と書かれた一冊を手に取りパラパラめくった。
事あるごとに半強制的に読まされているため、絵のタッチも内容もほぼ知っている。改めて読む必要もない。
余談だが、彼の作品を読む場合、真剣に目を通してはいけない。随所に罠が仕掛けられていて、ページを開くごとに落涙する。最終的には気分が悪くなって嘔吐する。
「どうだ。魂の作は」
「……」
幼げな少女と出会い、紆余曲折を経て立派なレディーへと成長させる。主人公と彼女の幸せな人生を描いたラブストーリーなのだが……。
「面白いだろ」
「この内容で調教って……」
「ロマンあるだろ」
「ねぇよ」
「これで書籍化を狙うぞ」
「その前に捕まるわ!」
克己と漫画。狂人に刃物。こいつにナイフを持たせたら、確実に切り裂きジャックへと変身しそうな気がする。
本人が好きでやっている事なので文句は言えない。どういう結果になろうと自己責任である。
「まあ、頑張れや」
「おう。必ずやトップに立つぜ」
克己に挨拶をし、知らない世界も垣間見た。これ以上ここに居ても無意味である。各ブースを周回してみたが、元々興味があった訳でもなく、誰かと何かを共有したいという気持ちもない。暇つぶしに来ただけである。
「俺、そろそろ帰るわ」
「まだ待てよ」
「もう飽きたよ」
「お楽しみはこれからだ」
「何があるんだよ」
「しばらく待ってろって!」
強引に引き止められ、しぶしぶ隣のイスに座った。




