同人イベントに向けて
その日も秘密基地「花園」で漫画を描いていた。
それにしても集中力が凄い。アトリエに着いた途端に描き始め、かれこれ2時間以上経つというのに微動だにしなかった。
普段はおしゃべりで余計な事まで語って聞かせる彼が、ただの一言も発しないのは異常である。たまに声を掛けると「うっせー」と怒鳴られるから面倒くさい。
特に小屋へ入っていると隣にあるアトリエの様子が伺えず、これだけ物音がしないと少しだけ心配になる。
「おい三次。あいつ大丈夫かよ」
「お前、様子見て来いよ」
「嫌だよ。この間ハチの巣にされたばっかりだから」
「ハハハ。そういやぁ、そうだったな」
「今度行ったら手足をもがれるぞ」
「集中してる時のあいつは狂ってるからなぁ~」
この間、あまりの静けさに「即身仏にでもなったか」と思い近づいた。すると、傍らに置かれていたエアガンが火を噴き、数百発の弾が友則の体を貫いた。
「ぐわぁぁ。い、いてぇぞぉぉ」
誰も触れていないのにエアガンが連射するとは、これ如何に。
体中に風穴を開けられ瀕死の重傷を負っている友則に代わり、花園周辺を調べてみた。建物を囲むようにピアノ線が張り巡らされていて、それがトリガーに連結されていた。
「手の込んだ仕掛けだな」
「ざけんな。仲間を狩る気か!」
「おい、止めとけよ」
「アトリエごとぶっ潰してあの世へ被ってやる」
「構うなって」
「覚悟はいいな。ロリ野郎」
頭に来た友則がさらに一歩踏み込んだ。トラバサミがガシャンと音を立ってて閉じた。
「……マジか」
「だから、ほっとけっての!」
狩る気まんまんだった。邪魔されたくない気持ちは分かるが、仲間を狩ってどうするつもりなのだろう。
趣味以外に何の取柄もないクセに、こういう事に関しては上手い。生きていく上で役に立たない知識だけを身に付けている。奴の脳は膿んでいる。
まあ、他人が何をしようと自由である。漫画を描くのが好きなら思いっきりやるがいい。
モノ作りが好きな俺は、新製品の開発に着手している。コンニャクに亀裂を入れるという手法は、使い古されたギャグだ。まだ現物を拝んだことはないが、箱ティシュの取り出し口が似ていると推測した。これならば部屋を汚すことはない。中にティシュを敷き詰め、使い終わったら新しいのに交換すればいい。手間もかからず繰り返し使える。これぞエコである。
天才的な閃きに体を震わせてチャレンジしてみた。痛いだけだった。
友則は相変わらず熟女に夢中である。ポータブルDVDを片手に森の中をウロウロしていた。
「何やってんだよ、お前」
「今日は、おば様とお散歩だ」
「露出モノかよ」
「酸いも甘いの知った上での恥じらいが堪らんのよ」
「……」
「ほら、あと一枚だ」
「いちいち解説すんな!」
全裸で森の中を彷徨っている君に言いたい。
お前が恥じらいを覚えろ。
秘密基地は、そんな各自の欲求を満たすために作られた男の城だ。自宅では出来ないこと、他人には見せられない秘めごと。それらを存分に味わう場所である。
基地が出来る以前は、各自の部屋が拠点になっていた。
克己が友則の家へ巨大な段ボール箱を抱えてやって来たことがある。当然、玄関先で母親の尋問を受ける。
「克己君。それは何?」
「宿題の資料です」
「……」
不審に思った母親が中身を確認した。大量のDVDが詰め込まれていた。潰れた店からタダ同然で入手したらしいが、そんなモノを持って部屋への入出は許可されない。問答無用で追い返された。
また別の日には。
その日は土砂降りだった。
大雨が降りしきる中、友則が紙袋を片手に俺の家へ来た。母親に挨拶をして玄関に上がった途端、ビショビショになった紙袋が破れた。転がり出たのは、不思議な形をした筒状と、それに付随するローション的な何かだった。
関所を通過出来なかったのは言うまでもない。
毎回この調子で神経をすり減らすのは大変である。
秘密基地が完成してからは、余計なストレスが排除されて3人共に明るく健やかになった。
良い悪いは抜きにして、それぞれが楽しい時間を過ごすのが何よりだ。なにせ俺らは血気盛んな中学生だから。
「さて、そろそろ帰るわ。じゃ三次、またな!」
マイナスイオンを心行くまで堪能した友則は、サッパリ笑顔で帰っていった。
そろそろ日も暮れかかって辺りが薄暗くなってきた。小春日和も過ぎて幾分暖かくなってきたとはいえ、まだまだ肌寒さを感じる季節である。
俺も帰る準備をしていると、克己がようやく動き出した。
「三次。いま何時だ」
「知らねぇよ。時計持ってないから」
「さすがに疲れたな」
「お前、一体何描いてるんだ?」
「今度のイベ用だ」
「イベ用?」
近々、我が町で同人イベントサークルが行われる。大都会のコミケと違って規模は小さいが、この辺りでは最大級のイベントだとか。我が町の住民だけではなく、隣接した市町村からも訪れるほどの賑わいになるらしい。
克己はそこの常連で、自作漫画やフィギュアの製作販売をしている。お小遣いのほとんどをこのイベに使っていると言ってもいいだろう。
お陰で俺より金策に困っている。
金玉商店街にある行きつけの焼きそば屋に3人で行った時、克己だけソースを舐めていた。
「お前、食わないのか?」
「今月は金を使い過ぎたからな」
「俺の少し分けてやろうか」
「マ、マジかよ」
「ほら、食えよ」
「すまんな」
皿を渡すと、ひとすすりで全てを平らげた。
「だ、誰が全部食っていいって言ったよ」
「すまん。あまりの旨さに止まらなかった」
「何も残ってねぇじゃねぇかよ」
「キャベツが残ってるだろ」
「キャベツしか残ってねぇだろうが」
「俺、キャベツ嫌いだからな」
「そんな問題じゃねぇ」
「しょうがないだろ。食っちまったんだから」
「どうせだったら、綺麗に食べやがれ!」
偏食は栄養面から見ても体に良くない。皿に食いかけが残っているのは見栄えも悪い。今後の為にも好き嫌いを無くしてあげる。それが友情だ。
残ったキャベツを全て口の中に詰め込んで顎を押さえてやった。涙目になっていたが、これも彼の身を案じての行動。飲み込めずに苦戦しているようだったので、水を流し込んで無理やり腹の中へ収めてやった。ゲホゲホとむせ返っている姿を見て、こう思った。
ざまぁーみやがれ!
お痛が過ぎた。元に戻ろう。
今回は5周年記念のため、様々な企画が用意されている。
記念すべき第5回は、各人の作品に投票し、最多得票数を獲得した作品が商品化される。というマニア心をくすぐる企画だった。
「それは凄いな」
「みんな張り切ってるぜ」
「で、進行具合はどうなのよ」
「もうそろそろ完成だ」
「そうか」
「今回は100ページの大作だぜ」
「そ、そんなに?」
「熱き想いを込めた力作だ」
「どんな内容だ?」
「それは秘密だ」
「……まあ、頑張れや」
「よし。これでトップを獲るぞ!」
鼻息を荒くして意気込んでいた。
AV監督兼男優を目指している俺には、克己の気持ちがよく分かる。魂を込めた作品が大勢の目に触れる。それが評価される。手掛ける者にとって商品化は夢の到達地点だろう。
「三次。寒くなって来たし、そろそろ帰ろうぜ」
「そうだな」
夕焼けが今日一日を労うように背中を照らしていた。
俺らは大人と子供を彷徨う中学生。どんな未来も思うがままだ。信じた道を突き進むがいい。
ただ……。先ほどリュックへ仕舞う際にチラッと見えたのだが、本当にそれでトップを取る気なのか。
なあ。完全にアウトだぞ、それ。




