進化し続ける者たち
井上の勝ちに対する執念は凄まじいものがある。
登校するな否や、朝から休む事なくバスケ理論を聞かされた。どこへ行くのも常に一緒で、休み時間はトイレまで付いて来る始末だった。
「おい、ここ男子トイレだぞ」
「知ってるわ。それより早く済ませろ」
「周りの連中がビックリしてるんだが?」
「雑魚どもに用はない!」
「雑魚って……」
男子トイレでその発言は禁句だと思う。みんな自分のブツをマジマジと見つめ、肩を落として出て行くから。
貴重な昼休みは、体育館で殴る蹴るの暴行を受けた。
「なあ井上。もう止めようぜ」
「うるさい。黙って付き合え」
「勝ち負けに拘るなよ」
「貴様に負けた時の悔しさが分かるのかっ!」
「お遊びなんだからさ」
「負けは人生の敗北を意味するんだぞ」
「大袈裟な……」
どちらかと言えば、俺も負けるのは嫌いだ。喧嘩上等、百戦錬磨、厚顔無恥で売っている俺が負けたら、単なる厚かましい奴である。
誰でも勝つ方が嬉しいに決まっている。勝負の世界に身を投じている者なら尚更である。だが俺は、アスリートでもなければ勝負師でもない。学校行事に命を懸けるほど厚かましくもない。それよりも、家へ帰って将来の夢に向き合いたい。
「今日はお腹が痛いから帰っていい?」
「ダメだ!」
「妹が入院しててお見舞いに……」
「この間、モールで元気な姿を見かけたわ!」
「母が腰痛で寝込んでいて」
「ホームセンターで木材を担いでいたが?」
「ち、父が危篤……」
「完全にバレるウソを付くな!」
何を言っても聞き入れて貰えなかった。
ここまでしつこいとさすがに辟易してくる。あの手この手を使って逃亡を図ろうとしたが、その度に掴まって金蹴りを喰らわされ、動きを封じられる。
常に行動を共にしているため、事情を知らない連中から悪い噂も立ち始めた。
宮本三次は井上優花のペットと化している。この間、靴を舐めているシーンを目撃した。リードに繋がれて散歩している。厳しめの調教がクセになり、体を震わせながら喜びの声を上げる。などなど。
事の成り行きを知っているクラスメイトは、日に日にやつれていく姿を目の当たりにし、普段よりも優しく接してくれた。
気力体力共に限界に達している。こうなれば最終手段である。
6時間目が終わるギリギリの時間を狙ってトイレに駆け込んだ。辺りに人がいないのを確認して窓から這い出した途端、井上が目の前に立っていた。
「何をしている」
「の、覗き魔が現れたので捕まえようかと……」
「さあ、行こうか」
「……はい」
さすがは次期キャプテン候補。相手の動きを読むのは得意である。腕を鷲掴みにされ、体育館まで連行された。
もう逃げ場はなかった。人間、諦めが肝心である。
ダンクが出来ると知った今、もはや手加減はしてくれなかった。今までの生温い練習ではない。女子バスケの一員として本格的な練習に参加させられた。
まず最初に、伝統の「地獄の1000メートルダッシュ」をやらされた。
100メートル全力ダッシュを休みなく10本やり続ける。スポーツは足腰を鍛える事から始める。下半身の安定が上半身の強化に繋がるとし、女子バスケは始まる前に必ずこれをやる。その他、反復横跳び、腹筋腕立て、ターンの練習。ここまでが基礎体力作りだ。
休憩する暇もなくボールを持っての練習開始。ひたすらゴールをめがけてシュートを放ち、ドリブルでコート内を走り回る。永遠に終わらないパス回しに、ターンの連続。体が悲鳴を上げた頃に練習試合が始まる。
水が喉を通らない経験を初めてした。まさに地獄のバスケ部である。
この時点で三半規管はボロボロ。脳に酸素が供給されず、鼻クソを食べながら女性器を連呼しそうになった。
隣のコートで涙を拭いながら見ている修平&省吾。マジで自分の名前を忘れそうだった。
練習が終わった後は、必ずダンク講義をさせられた。飛び方、タイミング、コツなどを聞かれ、今後の教材にと動画撮影まで強要された。
「じゃあ、行くぞ。用意はいいか?」
「あっ、はい」
「それじゃあ、スタート!」
「ぼ、僕は宮本三次。14歳です。好きな体位は……」
「は? 何を言ってるんだ」
「じ、自己紹介ですが」
「そんなのはいらん。今すぐ飛べ!」
「……はい」
渾身のギャグも受け入れて貰えず、ひたすらジャンプとフィニッシュを求められた。
ゴール下からのシュート。走り込んでのジャンプ。遠目から勢いを付けてのダンク。井上監督の指示の元、様々な角度から撮影された。
「もう一回。次は別角度から」
「もう足にきてるんだが」
「つべこべ言わずにやれ!」
「た、体力がねぇんだよ」
「甘えたことを言うな。疲れているのは、みんな一緒だ」
「……く、くそぉ~」
「これを見て勉強するんだから協力しろ」
ここでくじけては、宮本三次の名が廃る。今日の努力は将来必ず役に立つ。これは未来へ進化する布石なのだ。
監督がフィニッシュと言ったら、いつでも飛べる状態を保っておかなければいけない。タイミングを間違えば、他人に迷惑をかけるばかりか、仕事の依頼が減る。
飛べない男は男じゃない。歯を食いしばり、体力が続く限り何度もフィニッシュした。
かれこれ30回以上は飛び、最後はダンクどころか、這いつくばって息絶えた。
俺の名は……珍小太郎だっけ?
ゴール下で粗大ゴミと化し、井上に「邪魔だ。どけ!」とケリを入れられている最中も、女子バスケ部は練習をしていた。
彼女らに限らず、他の部活連中も必死で努力している。少しでも上手くなるよう練習を重ねている。今は辛くとも、その先にある未来を目指して頑張っている。
日々の積み重ねが進化のプロセスなのだろう。
スポーツ系が苦手な克己は、最初から諦めている。その代わり、近々開催される同人サークルイベントの為に漫画を描き貯めている。
友則に至っては……。
「三次。ダブルドリブルは何回までだ?」
「一回もダメだ」
「相手が襲って来た時、エルボーは許容か?」
「エルボーもソバットもDDTも封印しろ」
「ブレンバスターは?」
「それは最終手段だ」
ルール無用で生きて来た彼が人間界のルールを覚えている。これぞ進化である。




