バカの下に埋もれた実力
その場の勢いで受けてしまった事を後悔した。
どんなスポーツにも言えるが、実際にコートへ立つと緊張が走る。俺みたいな実践経験のない者なら尚更である。
いつもよりコート内が広く感じ、ゴールが遥か遠くに見えた。その下に鎮座するディフェンダーは、タックルの仕草をしながら不敵な笑いを浮かべていた。お腹を空かせたツキノワグマにしか見えなかった。
威圧感が半端じゃなく、正直ヤバイ感じがする。修平や省吾は青ざめていて始まる前から気合負けしていた。
奴らの実力がどれほどのものか分からないが、俺も男の端くれである。敵に背中は見せられない。常に前を向いて走り続けねばならない。
ここで女子に負けたとなれば、友則と克己に笑われる。
「何だお前、女子に負けたのかよ」
「もうチンコは必要ないな」
「そう言うな克己。こいつは元々包茎だから」
「何だったら俺が剥いてやろうか?」
「今日からお前は生まれ変わる。真性・宮本三次としてな」
「火星に行けば、仮性人になれるぜ」
「グハハハ」
「ギャハハハ」
両腕を抱えられ、専門クリニックへ連れて行かれるだろう。これは男として屈辱的な瞬間である。誰の力も借りず実力で切り開かねばならぬ。
「修平、省吾。行くぞ」
「お、おう」
「なに弱気になってんだ」
「お前は奴らの怖さを知らないんだよ」
「やる前からビビッてどうすんだよ」
「地獄が極楽に感じるぞ」
「男の意地だ。死ぬ気で行くぞ!」
「後悔しても知らねぇぞ」
「力の違いを見せてやるわ!」
部活連中が見守る中、戦いの火ぶたが切って落とされた。
数分後……己の浅はかさを後悔した。
小気味よいドリブルで相手を翻弄し、食らいつけばパスで流れを変えられる。
シュート態勢に入ったところを狙い撃ちしようとしても、別の奴へパスを回される。そいつに意識を取られた隙に、さらに別の奴がゴールを決めた。
反撃とばかりにボールを持てば、ディフェンダーが素早く寄ってきて肩タックルをかましてくる。左右から挟み込まれて小突かれ、まるでピンボール状態だった。
それでも何とか持ちこたえてシュート態勢に入ると、ツキノワグマがクマ落としを炸裂させる。次の瞬間、体ごと吹っ飛ばされた。
バスケ素人の俺が言うのも何だが、見事な連係プレイである。
全ての無駄な動作を一切排除して必要な事だけを端的に行う。闇雲に追い掛け回す俺らに対し、相手の動きを前もって予測する。そこから予想外のプレイで翻弄しつつゴールを決める。
まるで大人と子供。俺らをあざ笑うかのような動きで、柔肌どころかボールにすら触れられなかった。
さらに、味方であるはずの井上がほぼ敵状態だった。
彼女の放つパスは、尋常じゃないほどスピーディーでアクロバティックなのだ。
受け取った瞬間、手がビリビリと痺れる。俺に飛んでくると思った次の瞬間には、もう別の奴へ渡っている。
ドリブルを始めれば、あっという間にゴール下まで切り込む。そこから、さらに変則的なパスが飛んでくる。
異次元の動きについて行けず、修平は顔面で受け、省吾は突き指をした。俺に至っては、飛んでくるボールすら見えず、本日三度目の鈍痛を喰らった。
日々の練習がいかに大切かを思い知らされた。
試合が始まったばかりなのに、修平は真っ赤に染まったタオルで鼻を押さえ、省吾は引っ込んだ指を懸命に伸ばしている。俺は股間を押さえながら蹲っていた。
その間、最強メンバーは余裕の笑みを浮かべ、息一つ乱れていなかった。
見るに堪えない惨劇に、周りの連中は憐れみの表情で俺らを見つめ、中には目を覆い隠している者までいた。
「どうだ三次。これが我がチームの実力だ」
「ハァハァ。く、くそぉ~」
「もう息が上がったか」
「な、なめんじゃねぇよ」
「こんなの軽い練習程度だぞ」
「ま、まだ負けてない……」
「根性だけは認めるが、な」
「なめんじゃねぇって言ってんだろうが」
「悔しかったら得点してみなよ」
全国大会優勝チームを舐めていた。男女の違いはあれど、ここまで差を見せつけられるとは思ってもみなかった。
相手は岩のようにガードが固く、付け入るスキなど皆無。目に見えないスピードであっという間にゴールを決められる。シュートを放とうとすると、体全体で突撃してくる。どんなに悪あがきしても1点すら取れなかった。
無理に突破したら、四度目の激痛に襲われるだろう。ただでさえズキズキと脈打っているのに、再び攻撃されたら確実に砕け散る。そうなったら、俺は女子バスケ部の一員として井上と全国を目指す羽目になる。
「貴様の力はこんなもんか」
「くっ……」
「期待していたんだがな」
「……」
「情けない姿だな」
ここで諦める訳にはいかない。玉は潰れたが男の意地は残っている。専門クリニックはもう少し先延ばしにしたい。
俺は天下無双、現在五分咲きの宮本三次である。
「ゴ、ゴールくらい決めてやるわぁぁーー」
最後の力を振り絞り、ボールを奪った。
彼女らのようなテクニックも、華麗なパス回しも俺にはできない。唯一残された武器は、パワーだけだ。
体当たりしてくる奴らを力ずくでねじ伏せ、男らしく中央突破でリング下へ突進した。
獣のように襲いかかってくるディフェンダーを大ジャンプでかわし、そのまま目の前のリングへ渾身のパワーダンクを叩き込んだ。
その瞬間、体育館が静まり返った。
「え? あんた、ダンク出来るの?」
「こ、このくらい余裕だわ」
「……凄い」
ゴール下で生ける屍と化している俺を、全員が唖然とした表情で見つめていた。




