↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/20

序章2:花井桂花

「はい、お腹出して。……ふむふむ。はいOK」


 桂花は服を直し、医者に向き直った。医者の名前は慈円。神殿の医者をしている。彼は聴診器を桂花から離すと、朗らかな声で言った。


「花井くん。キミは素直に、ボクの言うことを聞いてくれるから助かるよ」


「そうですか? でも、お医者さんですし」


「昔、ボクが主治医を勤めた患者さんがいてね。小さな女の子だったんだけど、ひどいもんだった。お腹を見せてねって頼んでも暴れる暴れる。しまいにゃこのヘンタイ、なんて言われてさ。10才の女の子がだよ? どこでそんな言葉を覚えてきたんだってもんだよ。そんな彼女も今や大人の仲間入りをしているだろう。どうかな、今、彼女は素直にお腹を見せてくれると思うかい?」


「ど、どうですかね……」


 桂花は額に汗が流れるのを感じた。慈円のマシンガントークはいつまで経っても慣れない。話題は昨日あったことから話題のニュース、そしてかつて担当していた患者のこと。この「言うことを聞かない女の子」の話は5回くらい聞いた。プライバシーとか守秘義務といったことが脳裏をよぎるが、大丈夫なのだろうか。


 桂花の心配をさておき、ペンと紙がこすれる音が小さく鳴っている。慈円がカルテに書き込んでいっているのだ。


「うん。いつも通り健康体。神殿はホント体調管理が良いよね。大きな風邪や過労なんてことが全くない。平和すぎて医者には物足りないくらいだ」


「はは……」


 物足りないのがちょうどいいんじゃないですか、なんてことは言えなかった。


「脚と目と……それから記憶が戻ってきてるなら、もっといいんですけど」


「そうだね。けれど、体のどこにも異常はない。やはり事故のショックによる、精神的なものなのかもしれないね」


「はい。早く治して出ていかないと……僕なんかがここにいて、申し訳ないです」


「こらこら。悲観してはいけない。どんな人間も世界に望まれた一人じゃないか……神殿のキャッチコピーなんだけど。それにへこんでちゃ、キミの周りの人もテンションが下がるってもんさ」


 慈円は肩をばしばしと叩いてくる。声の調子からして、きっと良い笑顔だ。けれどこの医者、優しい声をして、結構力が強い。肩の骨が軋むのを感じ、桂花は慌てて頷いた。


「うむ。やはりキミの良いところは素直さだ。そんなキミに、はい」


 慈円はテーブルの上に置かれていた袋を渡す。中身は分かっている。いつもの「赤い」薬だ。


「いつももらってますけど……この薬、なんなんですか?」


「前も言っただろう? 栄養剤と向精神薬を混ぜた薬だよ」


「でも、すごく赤いですよ」


「見えるのかい?」


「は、はい、うっすらと」


 桂花は慌てて答えた。「あのこと」がバレてはいけない。


「色素だよ。桂花さんは弱視だから、よく分かるように念のため赤くしてあったんだ。白いほうが良いかい?」


「このままで大丈夫です。ほんとに、なんとなく気になって……」


 一つ一つは小さくとも、集まればそれなりの大きさになる。白い薬包紙と赤い薬の色で、まるでピンクがかった……巨大な肉に見える。


 特殊な視界の中、なぜかこの薬だけはよく見える。まるで大事なものであるかのように。


(何でだろう……)


 分からないことだけが積み重なっていく。人間の脳とは不思議なものだから、考えても仕方ないこと……と割り切ろうとするが、第六感がそれだけではないと騒ぐ。


(ここで働かせてもらうだけでも、僕にはもったいないくらいだ)


 ……視界が純粋な暗闇であれば、まだここまでは悩まなかった。


 まるで嘘のような世界に、桂花はいるのだから。


 桂花はただ、慈円に「ありがとうございました」とだけ言い、医務室を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。