アメンボとアメとズボラな作戦(上)
その日は早々と寝、会いに行くのは次の日と決めた。
ホテルから神殿へはすぐだ。辿り着くのは容易い。
あとは、どう中に入るかだけ。その「だけ」が、凄まじく難易度が高いだけで。
門の脇には受付があった。中を見ると、女性が一人座っている。トシナは意を決して声をかけた。
「……あの」
「はい、なんでしょう」
髪を首の横で一つにまとめた、いかにもきっちりした雰囲気の女性が顔を上げる。少し垂れた瞳に、穏やかな営業スマイル。名札には「佐藤」と書かれている。
「この中……に会いたい人がいるんですが」
「……会いたい方、とは」
佐藤は怪訝そうにトシナを見た。
「昨日、会ったんです……車いすに乗った女性に」
「車いす、と言いますと、花井でしょうか?」
「は、はい」
動揺するなトシナ。神に対抗できる力があるのに、親友一人に会う勇気がないわけがない。
だが、佐藤の警戒レベルは上昇した。声が硬くなる。
「花井はおりますが、何の御用でしょうか」
「えぇと……」
考えていなかった。視線が外れていく。
「お、落とし物をしていたので……」
「職員の持ち物はチップで管理されています。念のため、こちらに提出していただけますでしょうか」
「て、提出?」
「はい」
佐藤の態度は変わらない。眉を上げ、睨むようにトシナを見上げてくる。
もちろん、落とし物なんてただの口実だ。急造りの計画だったとはいえ、詰めが甘すぎた。
俺のバカ野郎。なんで突撃なんてしたんだ。当たって砕けるのは分かりきってたことなのに。
「いただけないのでしたら、お帰り下さい」
このままでは、通報されるのも有り得る。
トシナは考えた。
この状況を打破する方法は……!
「……俺の思い違いでした、すみません」
素直に頭を下げた。
◆
「トシナ。アメおいしい」
「はぁ……」
肩を落とす。
落胆のあまり、気が付くとひとはにアメを買っていた。いつもの小さなアメではなく、お高い棒付きキャンディーである。
なぜ人は落ち込むと、誰かに何かを奢りたくなるのだろう。
「トシナもアメ食べる? 目がカラになったときは、あまいものが良いって言われてる」
「それもいいかもなぁ……」
甘いものは好きではないが、濃い味で気を紛らわせるのもいいだろう。
失敗して当然と決めてはいたが、想像以上に精神に堪える。
(神は平気で、人間相手だとダメダメなのか、俺……)
結局、自分のためにもう一つキャンディーを買い、歯で噛み砕く。エナメルが溶けそうなほど甘ったるいミルクの味。
「……ひとは。いつもこんなの食ってるのか?」
「おいしい」
「……そっか」
しばらく、二人でアメを舐め続ける。
空を見上げると、青い空に、ゆっくりと白い雲が流れていく。うっすら虹色がかっているのは結界の色だ。
空と街の間には結界が貼られている。結界は過剰な雨を流し、太陽の熱線から守ってくれる。
「トシナ。明日もアメくれるの」
「今日だけだ」
「今日だけ?」
「桂花に会うのは諦めた。一目でも姿が見れれば十分だろ」
アメの棒を放り投げ、固まっていた体を解す。
「あきらめんぼ」
「そうだ。早めに仕事を終わらせて帰るさ」
歩き出そうとしたとき、袖を引っ張られた。
ひとはが、真っすぐにトシナを見つめていた。
「トシナ。あきらめないべき。演劇戦法というものがある」
「……なんだ、それ」
「ははうえから教えてもらった。演劇をしていたフリをして侵入。そのひとには、演劇のとちゅうで迷い込んでしまったと言えばいい」
「ふつうに不法侵入だろ」
「れんしゅうっていえば、たいていのことはつうじる。それに、ひとはの能力はまだつかえる。トシナのためなら、使う」
「本音は」
「もっとアメたべたい!」
「だよな」
これまでになく、ひとはは力強く宣言した。
アメに執着しすぎる童女である。
と。ひとはの背後に、人影が現れた。
「話は聞きましたわ、トシナさん!」
「げっ!」
ひとはがトシナの後ろに隠れる。由希がいつの間にか側に立っていた。




