星は全てを見ているから
廊下に出ても、階段を降りても止まらない。
「お客様、どちらへ?」
「あ、あぁ、ちょっと外へ」
フロントに声をかけ、ウェブスター・インを出る。
ホテルを出ても、ひとはは走っていく。童女の走りなど追いつけないこともないが、不思議さだけが募っていく。
彼女が止まったのは、バス停の前だった。
「バスに何かあるのか」
「乗る。しゅうてんまで」
「……ひとは。仕事はどうした」
「いきぬきも大事。おやだまはそのうち姿をあらわす」
「減給にならないだろうな、これ……」
ひとははじっとバスを待っている。明確な意志あっての行動だ。そうなればトシナは反対できず、言われるまま交通機関に乗り込んだ。
10分後。外を見ると街は既に遠く、視界を占めるのは木々だけだ。
この木々は、自然の森ではない。第17層が建設される際、第16層から移植された人工林だ。天然の森は、遥か昔に絶滅している。
トシナが生まれるより遥か昔、地上は砂の大地ではなかった。緑と水の溢れる、豊かな「大陸」だったらしい。
だが、ある時水が干上がり始めた。急に世界が熱くなったわけでも、底が抜けたわけでもない。ただ消えるようになくなっていった。森林も枯れ、人々は重大な食料不足に陥った。
原因は、数百年経った今でも分からない。困窮だけが現実として聳え立っていた。
人々は枯れ切った大地を捨て、空へと手を伸ばした。限られた人々とあらん限りの技術を乗せ、より上へ、より高い場所へと発展していった。それが現在の層である。
人の手で造られた層は、老朽化から逃れられない。代々耐久性が増しているといわれているが、それでも100年前後が限界。結果、現在17層が稼働している。トシナが住んでいたころ、建築80年記念と言っていたので、そろそろ第18層の建築に取り掛かるのだろう。
「終点、終点でございます・・・・・・」
バスが止まった。
目の前には巨大な灯台が建っている。トシナも名前だけは知っている。上層に代々建てられている見張りの塔だ。
見張るのは大地の様子ではない。下層だ。
下層の民は、上層に移住しなかった、あるいはできなかった人々の末裔だ。生活は過酷で、住むことになったトシナも日々実感している。
彼らは上層を恨み、妬む。現在は分厚く高い壁で隔離しているが、いつ攻め込まれるか分からない。
「トシナ。こっち」
ひとはは灯台の前で足を止めていた。右手を差し出す。
「なに」
「おかね」
門の横では、受付嬢が微笑んでいた。
◆
『星見の塔ができたのは第3層から。以来、新たな層が建てられる度に移設され……』
アナウンスを聞きながら、エレベーターを待つ。ロビーには誰もいなかった。監視塔などで、ひとははトシナをどうしたいのだろう。最上階の展望台へ行けと言われたが……。
やがて軽快なベルと共に、扉が開く。中はガラス張りで、外の景色がよく見える。これが上まで昇れば、それなりの高さになるだろう。トシナはガラスに背を向けた。やがてエレベーターが動き出すが、扉から目は離さない。
「……」
「高所恐怖症」
「違う。慣れないだけだ」
ひとはは童女らしくガラスに張り付いていた。外の景色に興味は湧かない。どうせ展望台に着けば似たような景色が広がっているのだろう。わざわざ昇っていく過程を見るほど、トシナは暇ではない。
決してガラス張りの上昇機械が怖い訳ではなく。
ベルが鳴ると、一面の空が広がっていた。エレベーターと同じようにガラス張り、見渡す限りの夕焼け。
「……これは。気分が晴れたって言えばいいのか?」
「するどい。さすがトシナ。カンがよろしい」
無表情で褒められても嬉しくない。
「悩んだときは、空か、あの山のあたりを見てみると良い」
ひとはの指の先を辿ると、大きな砂の山がある。
「かつてはあの山も、豊かな山だった」
「アルソトファからの知識か」
「山の中には、神がいた。海の中にも、木々にも、花にも。そう言っている」
「じゃあ、水道に封印された奴らの中にもいるのか」
トシナ達のいる事務所にも、トシナ達が捕縛した神が存在している。
「恐らく」
ひとはは小さく頷いた。顔を上げてトシナを見る。
「トシナ。神はそれなりに、トシナにかんしゃしている」
「いつも封じてるんだが」
「そんな神もいる。かんしゃしている神もいる」
「たった今、一柱殴ろうとしてるんだが……」
トシナは反論するが、ひとははじっと見つめてくる。
荒唐無稽さすらある話であったが、ひとはが言うと、妙に説得力がある。
「荒廃は自然のせつりだと、アルソトファはいっている。いつかはほろびる。だから生きているうちに、したいことをしろと」
「……」
「じんせいは短い。出会いたいなら会うべき」
「……」
乾いた地に、巨大な太陽が沈んでいく。
オレンジの光は、いよいよ弱くなっていく。美しい円形から半月となり、山のように平らとなり、やがて光は消えた。後は、金木犀のような残り香が広がるだけ。
光が無くなっても、トシナは太陽が去った場所を見つめていた。それも数秒の後、頭上の電灯が瞬いた。人工的な明かりが展望台を照らし出す。
「……分かったよ」
トシナは息を吐いた。胸のつかえは軽くなっていた。・・・・・・夕日に溶けて消えたように。
「お前が、お前らがそう言うなら、試してみる」
「それでこそトシナ。バンザイ」
機械的にひとはが賞賛を並べ立てる。だが、どことなく真実らしさを感じる。トシナはなんとなくくすぐったくなり、ひとはの髪を乱暴に撫でた。ひとはは眉を寄せ、髪飾りを押さえた。
「……トシナ。髪飾りが取れる」
「ありがとな、ひとは。ちょっと会ったら、ちゃんと仕事はするから」
「文句はない。ひとはには」
誰かにはあるのだろうか。




