もう会えないのに、想いだけが募る
何もする気が起こらない。ベットの上で、トシナはずっと考え込んでいた。
いや、考えてすらいない。ただ、しびれたような感覚だけが脳を占めている。
ずっとずっと、観ない振りをしていた現実を突きつけられた。花井桂花は今も生きている、その事実を眼前にし、衝撃だけが脳を支配している。
(桂花……お前は今、幸せなのか?)
「トシナ。空飛ぶ車いすはきらい?」
「……お前には関係ない」
「つんでれ?」
ひとはが首を傾げる。その動作が鬱陶しく、トシナは体ごと余所を向いた。
「……むう」
ひとはは難しそうな声を上げる。
「トシナ。こちらをみろ」
「……」
「みろ」
「……」
「みろ」
顔を向けるのもかったるかったが、見なければひとはの攻撃は止まらないだろう。
何やら腰をくねらせていた。
くねくねと。ふにふにと。
横へ、右へ、左へ。
時に機械的に、時にまろやかに。
「……なにを。してるんだ」
「話してくれないから。くやしいダンスをしている」
「……それも。アルソトファの意志か」
「ほぼ」
……ほぼ、ということは約9割。
あとの少しは何なのだろう。ひとはのオリジナルだろうか。
アルソトファネットワークとは、この世の全ての知識に繋がっている「何か」だそうだ。神の子であるらしいひとはは、それを駆使して魔法の如き力を行使できる。先ほどカフェで、男にちょっかいをかけたのも、アルソトファの力だ。
凄まじい応用力のある力である……ものの、踊りながら使って良いものではない。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、全てがどうでもよくなってきた。
「……分かった。話してやるよ」
トシナはひとはを見つめた。
「こいつ、知り合いなんだ」
「驚き。空をとぶ知り合いがいたとは」
「たぶん、飛びたくて飛んだわけじゃないだろう」
それは、トシナも不明だったが。いったい桂花の身に何があったのだろう。望んで車椅子をかっ飛ばしたがる性格ではなかった。
「会うの?」
「いや、もう俺のことは覚えていない」
「ようちえんまでの幼なじみか」
「……生贄になるまで、親友だった」
吐き出すように呟く。
下層に堕ちるその直前まで、唯一の友達だった。
「てんがいこどくの身だとおもっていた」
「そこまで孤独じゃない」
ひとはがベッドによじ登ってきた。とすりと、童女一人分の重みが掛かる。
「俺が下層に降りた理由は、まだ話してないよな」
「トシナの口からは」
「あいつ……佳花は神を抑える生贄に選ばれた。選ばれた以上、生きては帰れない」
「白骨の儀か」
「あぁ」
白骨の儀。
下層に封じられている神たちは、時に上層の民を呪う。その呪いを防ぐため、神殿は10年に一人、少女から生贄を選び出す。彼女たちの血肉を以て、神は鎮められる……そういった儀式だと聞かされた。
生死を分ける極度のストレス下にあったからか、誰から聞かされたか覚えていない。ただ、ローブの人間だった、ような。
聞かされたからには、かばう以外の何もない。
親友には、生きて欲しい。
「俺は佳花を庇った。反逆者として、俺は神殿の奴らに殺されるはずだった。でも」
「神封じのちからがあったんだな」
ひとはに頷く。
反逆者として捕らえられた際、トシナには神を封じる力があることが判明した。
本来は少女のひとりとして、白骨の儀として生贄にされるはずだった。だが、生贄として消費するのは惜しい、封じられるのならその力で押さえつけてこい……特例中の特例で、トシナは生きたまま下層へと送られた。
だが、桂花の全てがこれまでのままとは、到底言えない。記憶があれば神殿に反逆するとして、彼女からトシナの記憶は全て消去された。
花井桂花は、斑目敏奈を覚えていない。
覚えていたら、それこそ重大なエラーだ。
いくら会いたいと願っても、再会などできない。町ですれ違ったとしても、目の前にいたとしても。
「いがいな一面におどいている。トシナ、ともだちをかばう、人情のあるやつだったんだな」
「そこに驚くな」
ともあれ。
「ともだちが生きていてうれしい。ということは同窓会か」
「開けねぇよ。俺のことは忘れてるって言っただろ」
「知らなくても開ける。存在を忘却した同窓生などいくらでもいる」
「生々しい……」
ひとはの年齢からすると、どう見ても同窓生などいなさそうだが。それもアルソトファから流れ込んできた知識だろうか。
人間社会に詳しすぎるアカシックレコードである。
「会うか会うまいか。悩んでいるなら連れて行こう。ひとはとっておきの場所に」
「……お前にとっておきの場所なんてあるのか?」
ひとはは答えず、ドアへジャンプした。しがみついたままドアノブを回し、部屋を出て行く。トシナはとりあえず、彼女の後を追った。




