Strange meat man
「うわっ!」
男がいきなりバランスを崩し、ひっくり返った。それだけなく、後ろにあったテーブルがバラバラと崩れ落ちてくる。不自然に、まるで男を突き刺すような。
テーブルの軸、台、足。全て、微かな青い光を帯びていた。
「な、なんだぁ?!」
(……ひとはの力だ)
ちらりと彼女を見ると、涼しい顔でトシナのコーヒーを飲んでいた。……飲めるのか、泥水と言っていた癖に。
「あ、カバンが!」
部品の一つが男のカバンに刺さっていた。男は慌てて引き寄せるが、耳障りな音を立ててカバンは破れていく。中身がばらまかれる。
財布、端末、そして革に入った黒い球が、ころころと転がり落ちてくる。空気を吸いこむような、真っ暗闇の……。
背筋が粟立つ。これは何か超常のものだ。
「やべっ! おい、どけよ!」
球を見るなり、男の顔色が変わった。先ほどの強気な態度が嘘のように、トシナを押し退けて逃げていく。
「なんですの? 見たこと無いものですわね」
「ひとは、あれは……」
「トシナ。かみだ」
「分かった!」
少女の腕を取る。ひとはを抱え、球の様子を伺う。
球体から、一筋の煙がたなびいた。細い線のように、青い空を裂くように登っていく。
「の、のろしですの?」
「それで済めばいいんだけどな」
徐々に煙は増えていく。徐々に量が増え、どす黒く周囲を染める。周囲の客も異変を感じ、次々と席を立っていく。トシナはメリケンサックを取り出した。いつでも使用できるように。ひとはもじっと様子を伺っている。
唐突に弾けた。ばら巻かれた噴煙が鼻先を掠める。
「……っ」
咄嗟に口元を抑えた。微かな、肉の腐ったような匂い。炸裂音は響いていく。
「うぅ、変な匂いですわ」
涙目の少女を、安全な方向へと押し退ける。
「逃げろ。あれは俺たちが処分する」
「は、はぁ……ですが、お礼もせず去るのは皆川由希のポリシーが……」
「メチメチ言わない。はやく」
「だったら、後で神殿前で待ち合わせだ、いいな!」
事態は急を要する。炸裂音は響き続け、間隔が徐々に短くなっていく。寒気はひどくなっていくばかりだ。これ以上放置しておくのはマズイ。今は一刻も早く、少女を避難させるのが先だ。
少女の姿が見えなくなると共に、煙の中から何かが現れた。
姿かたちは人間に似ている。だが目も鼻も口もない。人間をはく製にして、残った肉を動かせばこんな怪物になるのだろう。
どちらみち、超常のモノには変わりがないが。
ひとはは懐からナイフを取り出した。超常のものを切り裂く、特別なナイフ……煌めき剣というらしい。
「トシナ。こいつらぶちのめす」
「分かってる!」
ひとはに頷くと、トシナはメリケンサックを右手に取り着けた。足の調子を確かめる。近頃戦いをしたことはいなかったが、動きに問題はない。
肉人間に飛びかかり。艶めいたピンク色の肉に拳を叩きつけた。
生肉を殴ったような感触。肉人間の動きは遅く、まともに顔面を殴っても反撃すらしてこない。
ぬるりと拳がぬかるんでいく。ボトボトちぎれた肉が零れる。肉は地面に溜まり、ピンク色の粘液となって溜まっている。嫌悪と共に腹が減る。肉なんていつ振りに食べたろうか。
理性の終わりを感じつつ、美味くなさそうな腹に拳をめり込ませる。どのみち焼いても食えそうにないのだ。
拳は背中へと貫通。細くなった脇腹を握り、勢いのまま引き千切った。体が両断されると、肉人間の動きが止まった。
瞬く間に表面が硬質化し、粉となって消えていく。消えた後は、赤い粉の山だけが残る。それも風によってどこかへと流されていく。
もう2匹の怪物を見る。人型の代わりに、2つの首が落ちていた。ひとはが倒したのだ。黒い煙も消え、これ以上肉人間が出てくる気配は無い。
ひとまず、トシナは肩の力を抜いた。
「トシナ。終わった。にくまみれ」
ひとははそう言いながら、煌めき剣を振る。しかし、粘性もあいまって、なかなか汚れが振り落とされないようだ。不満げな顔で、ぶんぶん、ぶんぶん振っている。トシナも拳を拭きながら、ひとはに尋ねた。
「ひとは。腹減ってないか」
「……」
ひとはは感情のない瞳でトシナを見つめ。
「さては食欲を覚えたな。非人間め」
「肉喰いに行こうぜ」
「……にくにんげんに腹を空かせた奴は初めてだ」




