悪役令嬢の仕掛け
「つまり、殿下は戯れに婚約破棄という言葉で脅し、衆目の前で我が娘を貶め、ご自分に縋らせたかったと」
「……」
「反吐が出ますな」
父の怒りが、場の空気を凍えさせていく。
どうにか打破したかったのか、王妃がハッと顔を上げた。陛下が止める前に、口を開く。
「アリアドネは、王妃教育も始まったわ。婚約が白紙となれば、毒杯を賜る可能性もあるのよ。だから、」
「ええ。ですから、賜ったのですが」
やんわりと穏やかな声で、アリアドネが応じた。
失言を悟った王妃は蒼白になるが、儚げに微笑みを浮かべたアリアドネは、ゆっくりと首を傾げる。
「卒業パーティーの三日前に、王妃教育が始まりました。その際、王家の秘毒も。その時は、躊躇わず口にせよと命じられております」
「え、ぁ、違うわ……」
場のすべての人間の視線が、王妃へと集まる。
恐れをなしたような、信じがたい事実を知った時のような。
呪い殺しそうなほどの怒りを堪える父が、ドミニクを見やった。
「息子が機転を利かし、娘の用意していた毒をすり替えたようですが……ドミニク。毒の解析は終わったかい?」
「はい。王宮医務官五名に依頼し、私と監視人の立ち会いの下、解析いたしました。毒は、間違いなく王家の秘毒。即効性があり確実な致死性を持つ毒です」
ひゅぅ、と喉が鳴る音。
事件の数日間に王妃から与えられた王家の秘毒。卒業パーティーでの断罪。秘毒を飲もうとした王子の婚約者。
それがどのような意味を持つか、悟らない者はいない。
────さすが、アリーだよなあ……。
おそらくここまで計算した上で、彼女はあの場で飲む毒を自ら選んだのだろう。
たとえアリアドネが死んだとしても、公爵家は同じように王家を糾弾できる。
もはや真っ白な顔色の王妃を、憤怒に満ちた陛下が睨みつける。王子は、口を開けたまま母を見ていた。
「さて、陛下。これ以上は申しませんが、婚約白紙は受け入れていただけますね?」
「受け入れよう。この場の全員が証人だ。息子とアリアドネ嬢の婚約は、今この時をもって白紙とする。アリアドネ嬢、何か望みがあれば申すがいい。最大限叶えよう」
「嘘だ……待ってください。私は本当に、アリアドネが好きで、」
「好きならば、よそに女を作り毒を飲ませるわけはないな」
口を挟んだのは、嘲笑に口端を歪めた隣国の皇太子。
尊大な口調ではあるが、次代の王位を担う者としての威厳に満ちていた。
「我が国までもがそなたらと同じと思われては敵わん。アリアドネ嬢、公爵家の方々。此度の愚弟による侮辱、皇家を代表して謝罪する。ご令嬢の心痛には遠く及ばないが、愚弟はあなたの苦しみをわずかでも知るだろう」
見てわかるほどに震えたのは、留学生の皇子。兄の宣告は、彼を恐怖のどん底に落とすのに充分だった。
さすがは大陸一の大国。損切りと決断が早い。ドミニクは感心した。
「アリアドネ嬢と公爵家の方々には、相応の謝意を受け取っていただきたい。後ほど屋敷を訪ねても構わないか」
「はい。お待ちしております」
慌てたのは、王家や他の当主たち。
長年の友好国、しかし力関係は圧倒的に上。その大国に見限られるわけにはいかない。
「我が家は、愚息を廃嫡の上除籍。ただちに放逐といたします」
「我が家も同様です。すぐに北の砦に派遣しましょう」
もちろん慰謝料もと言い募る宰相と騎士団長に、父はわずかに頷いて見せた。まあ、同調した程度ならこのくらいか。
甘やかされて育った貴族子息が、市井や北の砦でいつまで生きていられるか見ものだ。
「アリアドネ……きみは、私が好きだったろう?」
縋るような声に、アリアドネはやっと王子に視線を向ける。
生まれた瞬間から決まっていた婚約者。優柔不断で意気地なしで、プライドが高いところも微笑ましかった。
「ええ、もちろん。そうあれという立場でしたから」
「は……」
「ですが、もう婚約者ではありませんものね。ふふ」
どこか壊れたように、無機質に微笑み続けるアリアドネが首を傾げる。
みな怪訝そうに、怖気のようなものを感じながらも、息を潜めて彼女から目が離せない。




