悪役令嬢な彼女の秘密
前世の記憶があるの、と、彼女は困ったように微笑んだ。
信じないだろうけど、物心ついた頃に、異世界で別人として一生を送った前世を自覚したと。
病魔により早逝ではあったが、やり切って満ち足りた人生だった。
だから、転生してラッキーと思うよりも、もう一度生きて死ぬのかと少々億劫だった、と。
なぜならば、ここが乙女ゲームの中の世界に酷似していて、おそらく自分は悪役令嬢だから。
あまりはっきりとは覚えていないが、朧気にプレイした記憶がある乙女ゲーム。
王道中の王道で、学園に編入した男爵家の庶子のヒロインが、攻略対象者たちと恋愛をする。
王子、公爵令息(悪役令嬢の義兄)、宰相子息、騎士団長子息、隣国の皇子。……だったかな。他にもいるかもしれない。
そして、王子の婚約者である公爵令嬢の妨害にも負けず、真実の愛を貫いてゴールイン。
そういう世界に転生したと気づいたから、余計に億劫な気がしていたと、彼女は苦笑して目を伏せた。
でも、別に楽しんでいなかったわけでもない。
父母は優しかったし、攻略対象者である義理の兄との仲もよく、満足していた。
王子とも気が合うし、ゲーム通りに進んでも進まなくてもどちらでもよかった。
いずれ、婚約は破棄され断罪されるかもしれない。
だったら今どうこうしても無意味だろうと開き直り、今ある状況を楽しむと決めた。
ことさら王子との仲を深めようとか、破滅ルートを回避しようとか、思ったことはない。
だって、一度やり切ったのだ。今世はいつ終わっても悔いはない。
役に立つかどうかもわからないのに、義務以外での努力をしようとは思わなかった。
それに、悪役令嬢は断罪されるが、そもそも公爵令嬢の行動はそこまで重い罪ではない。
現実と照らし合わせると、相当頑張っても婚約破棄や社交界追放くらいが関の山。
なら、瑕疵ある令嬢が出戻るより、悲劇の一幕として散る方が潔い。
ドミニクや公爵家が王子の非を追及でき、家門の力を増せるような方法でこの世を去ろう。
ずっとそう決めていたと、彼女は変わらない笑顔で語った。
言わば今世は、彼女にとって早逝した前世の余生だったのだ。
飄々としたアリアドネの、でもどこか危うい生き方の理由を知って、ドミニクはようやく謎が解けた。
やっと、愛する妹の心のひと欠片に触れることが許されたことが、他のどんなことよりも嬉しかった。
卒業パーティーの時、ドミニクは奇妙な動き方をする給仕に気づき、声をかけた。
彼は、公爵令嬢から合図をした時にグラスを持ってこいと言われたと眉を下げた。
即座にグラスの中身を確認し、妹がやろうとしていることに気づいたドミニクは、急いで中身をすり替えた。
あとは指示通り、彼女の合図があれば持って行くよう伝えて。
彼女の懸念がそのまま現実になるかは、まだわからなかった。
それに、彼女のしたいことを先回りして止めようとするのは、あまり得策とは言えない。妹はいつだって、やり切るまで止まらないから。
立場上、解毒剤はいくつか持っている。それで対応できる毒にすり替えただけ。
彼女が用意した毒は、即死する劇薬だった。考えるまでもなく致死量。
ここまで追い詰めていたのかという動揺と、いやそんな性分でもなければ兆候もないと訝しむ気持ち、何より心配で気が狂いそうになった。
そして、ありもしない罪で謝罪を迫られた彼女は、笑って毒をあおった。
即座に解毒剤を含ませたため、仮死状態には陥ったが、一命を取り留めた。
彼女が目を覚ましたのは、五日後のこと。
その間、王子を始めとした加害者たちは厳重に見張られ謹慎している。
慰謝料などの申し入れはあったが、公爵家は、断固として和解を呑まなかった。
アリアドネは興味が薄かっただろうが、両親は彼女を深く愛している。ドミニクのことも。
だから、二人が陥った状況にひどく立腹し、毅然とした対応を見せた。
すべてはアリアドネが目覚めてから決しようと、家族は息を潜めながら彼女を待っていた。
そして、目覚めた彼女は、ドミニクだけに秘密を明かしたのだ。




