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彼女に魅入られた者たち


学園に入っても、相変わらずアリアドネは刹那的に、楽しく過ごした。


優秀さは他の追随を許さないほどで、公務での評価も高く評判もいい。

彼女は、するべき努力を怠ることはなく、常に求められる以上の結果を出した。


ただし、突飛で破天荒。

これも他の追随など欠片も許さないほど。追随する令嬢などいないが。


「ドニー、美味しいパンが食べたいわね」


最終学年になり、王子の隣に愛らしい男爵令嬢の姿を見かける頻度が高くなっても、アリアドネとドミニクの仲は変わらない。


吊り気味の大きな目を悪戯っぽく細めた妹に、兄は仕方なさそうに笑みをこぼす。

いつの間にか身長には大きな差ができて、身体つきもかけ離れてしまったけれど、彼女が真っ先に我儘を言う相手は同じだった。


「わかったよ。放課後、一緒に行こう」


「うふふ。お兄様、大好きよ」


「はいはい。僕もだよ」


メリハリある女性らしさ溢れる美女になったアリアドネだが、中身はちっとも変わらない。


────距離を取りたい気持ちも、わからないではないな。


ドミニクの目から見れば、王子もアリアドネに魅入られた一人だ。

だが、アリアドネの一番になれない。いや、〝特別〟になれない。


アリアドネは、誰にでも公平に優しく、等しく穏やかだ。

でも、それが王子の婚約者としての振る舞いでも、淑女としてのあり方でもないと、ドミニクは知っている。


彼女は、すべてへの関心が薄い。執着がない。極端なまでに。

成長するにつれ、ドミニクは妹の無関心さに気づいた。誰よりも理解しようと努めたから気づけた。


かろうじて、ドミニクだけがわずかに、本当にわずかに〝特別〟に近い。

それ以外は、父母も王子もその他も、彼女にとっては等しいのだ。


だから、王子が自分を慕う男爵令嬢に癒しを求めるのも、そのくせ本心ではアリアドネの悋気を待っているのも、理解できてしまった。


────まあ、無駄だよなあ……。


アリアドネは、王子がよそ見をしようと、自分を貶める噂が立とうと、まったく頓着しない。

まるで、こうなることが最初からわかっていたように。


「アリー、行こう」


これ見よがしに、婚約者に相手にされない公爵令嬢だと噂する人混みを睨みつけると、アリアドネが笑う。


「ありがとう、ドニー。怒ってくれるのね」


どこか不思議そうな声音だった。なぜ意外そうにするのか、ドミニクの方こそ不思議だ。


「当然だろう。アリーは僕の妹だ」


「ふうん」


気のない返事をしながらも、その口端が嬉しそうに上がっている。

なかなか本心をさらけ出さない彼女の小さな仕草を見つけるのが、いつからかドミニクの癖になっていた。


「あの子、可愛らしいじゃない?」


アリアドネの指す方向では、王子と宰相のところの令息、騎士団長の息子と隣国から来た留学生の皇子が男爵令嬢と談笑している。

ドミニクは曖昧に頷いた。


「そうなのかな。僕には、アリーの方が可愛いけど」


洗練度が違う。鮮烈さが違う。周囲が言うほど、ドミニクは男爵令嬢を可愛らしいとは思えない。


天真爛漫で謙虚で優しい、という評判は知っている。

が、ドミニクの隣にはびっくり箱のように破天荒で、しかし完璧な淑女でもある妹がいるのだ。ちょっと比較にならない。


する、と自然に絡められた手に肘を曲げると、いつも通りの強さで、いつも通りの位置に収まる。

記憶の始まりから一緒だからか、彼女の存在はドミニクを完成させるためのもののようにぴったり合わさった。


「ドニーったら、だから兄バカだと揶揄されるのだわ」


「構わないよ。事実なんだし」


妹を大切にして何が悪いのか。そもそも、アリアドネほど人を魅了する女性なんていない。

王子も無駄なことに時間を費やすより、一秒でも長く彼女の視界に映ればいいのに。


あまりに惹きつけられるから、年若い子女たちは恐れをなし、アリアドネをしきりに貶めようとする。

恐ろしいほどに魅惑的で、敵わないと知りながらも魅了され、だから妬み嫉み悪意を抱く。


すべてが『憧憬』のひと言で片づくことを、若さというプライドが許容できないのだ。

とっくの昔に、ドミニクが乗り越えた葛藤だ。それでも惹かれてしまうのだから、もう仕方ない。


どんなに妬んだって、彼女は露ほどの興味も持たない。

どれほどの悪意を向けたって、彼女の才の前では天秤にすら乗らない。

どんなに焦がれても、彼女の意識に留まることさえ稀。


────まあ、だから僕はここを選ぶんだけど。


彼女に見つけられたいならば、やるべきは遠回しに主張しながら待つことじゃない。

自ら飛び込んでその目に映らなければ、彼女の関心など永遠に得られやしない。


そうやって、いつの間にか周囲のほとんどが王子と男爵令嬢の恋を応援する中、兄妹は二人ぼっちで笑っていた。




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