ドミニクの魅力的な妹
アリアドネは、筆頭公爵家の唯一の子として生を受けた。
同年に生まれた王子の婚約者になることは、その瞬間に決まっていたのだ。
ドミニクは、王家に嫁ぐことが決定しているアリアドネのスペアとして、分家から養子となった身だ。後に続く子がなければ、後継となる。
とはいえ、二人は物心つく前から一緒だったので、まるで双子のように育った。両親の愛情にも差はない。
アリアドネは、幼い頃からどこか達観していて、それでいて破天荒な女の子だった。
美少女と言って過言でない見目で、思ってもみないことを仕出かす。
突然、馬に乗ってみたいと牧場へ出かけて行ったり、一人でふらりと街に出向き、しれっと買い食いをしたり。
広い屋敷をくまなく散策し、歴代の大人たちが隠したのであろうちょっと過激な読み物を発見し、熟読していたり。
アリアドネを連れ戻すのは、いつもドミニクだった。
けろっとしている彼女を見つけるのは至難の業だが、どんな場所でもなぜかちゃんと見つけられる。
そして、アリアドネはドミニクとならば、素直に手をつないで帰るのだ。
そんなお転婆娘は、王子の婚約者。
顔合わせに行くと出かけるアリアドネを、家人たちはそれはもうハラハラしながら見送った。
「やーだ。これ、悪役令嬢確定じゃないの」
八歳になって初めて顔を合わせた婚約者を見て、妹は何やら不思議なことを呟き、ふうと大人びたため息をついたという。
後でそれを聞いたドミニクは、かなり驚いた。
だって、王子は同性のドミニクすら見蕩れたほど、天使のような愛らしさだ。
白と見紛う煌めく金髪に、宝石みたいな艶々の蒼い瞳。今は大層可愛らしいが、将来は美青年間違いなしの美貌。
けれど、妹はさほどの興味がないようで、菓子を見る目の方が熱いくらい。
とはいえ、何事も楽しむ彼女は定期的な茶会をそれなりに盛り上げているようで、度々ドミニクも城に赴き一緒に遊んだ。
アリアドネはいつも楽しそうで、様々な冒険をした。
木登り、城を抜け出して街の散策、城中の追いかけっこ……今思えば、近衛たちはさぞ大変だったことだろう。
とにかく、アリアドネと王子の関係は良好で、もちろんドミニクとも仲がよかった。
「ドニー! こっちよ!」
「アリー、なんてとこにいるの!」
木のてっぺんで笑う妹を見て、ドミニクがあんぐりと口を開けるが、アリアドネは楽しくてしょうがないというふうに笑う。
「ドニー、受け止めて!」
「えっ!?」
躊躇いなく飛び降りたアリアドネに、ドミニクは慌てて重心を落として腕を伸ばす。
なんとか受け止めた妹に肝を冷やすが、彼女はきらきらと笑っていた。
「まあ! さすがお兄様! ありがとう!」
「……こんな時だけお兄様とか言いやがって」
悔しいが、ちょっと嬉しいから困る。数ヶ月しか違わないけども。
アリアドネはころころ笑って腕から降りると、ドミニクの口に何かを放り込んだ。
「……甘い」
「ルルベリーよ。上の方にだけ生ってたから、あげようと思ったの」
「だからって、木登りは淑女がすることじゃないよ。もう十歳なんだから」
「そうよね。ごめんなさい」
アリアドネは、いつだって素直に謝る。が、またやる。ドミニクにもわかっているが、言わないわけにはいかない。
彼女は仮にも王子の婚約者。いずれ、王家に嫁入りする身なのだ。
なぜ、こんなにも捨て身……ではないか。そんなに卑屈な性分ではない。
では、向こう見ず? ……これもしっくりこない。たぶん先を想定して理解した上で、やらかしているからだ。
なんと言うのが正しいかはわからないが、とにかくアリアドネはその時その時だけを生きている。
────ああ。刹那的、かな。
どうなっても構わない、どうなっても後悔はない。
小さいのに揺るぎない背中は、いつでも凛としている。眩しいほどに。
守ってやらないといけないほど脆くはない。庇ってやらないといけないほど弱くはない。
だけど、危うい。とても。まるで、細い糸の上を駆けていくようだ。もっと慎重に歩いてほしい、心底。
ドミニクは妹が不可解で理解不能で、でも、とにかく可愛かった。
刹那的に笑って生きている彼女の隣は、一瞬も気が休まらない。だというのに、どうしようもなく、楽しい。
それはたぶん、王子や幼馴染の令息も同じで。彼女に振り回されて、いつでも笑って過ごした。
アリアドネとの幼少期は、そういう日々だった。




