第5.5話 愛依と臆病な自分
愛依はお気に入りのクッションに座ってヘッドホンマイクをセットする。
そしてずっと考えていた事を兄の彩芽に勇気を出してお願いした。断られるのが恐くて彩芽が映った画面が視れない。
しかし予想通り彩芽は生配信を手伝ってはくれないようだった。
「無理だ。やるなら自分で勝手にやれ」
画面をちらりと見ると彩芽は突き放す口調で呆れている。分かってはいたけど少しショックだった。愛依は否定されるのを極度に怖がっている。臆病な性格を治したいけれど上手くはいかない。
唇を震わせた愛依はウサギのぬいぐるみに顔をうずめた。
「……お願い……お兄ちゃん……」
自然と声が漏れた。完全に無意識だった。
はっと我に返った愛依は画面に映る彩芽を見る。彩芽に向かってお兄ちゃんと呼ぶのは三年振りだ。愛依は恥ずかしさが込み上げてくる。画面の向こうの彩芽も驚いているのかロボットのように首をかくかくと動かせていた。彩芽の驚きを見て指数関数的に恥ずかしさが増大していった。
すると彩芽が意外な事を口にする。
「じゃあ部屋を出て被り物をせずに俺の前でお願いするのなら受けてやる」
心臓の鼓動が高まる。愛依は無理だと断ろうとするが臆病な自分を必死に抑えた。愛依自身もこのままではダメだとは感じている。これが部屋を出るきっかけになるのかも知れないという期待感もあった。一度くらいなら彩芽に顔を見せても大丈夫。一度くらいならと自分に暗示をかけて少ない勇気を振り絞った。
「……分かった」
分かったと言った瞬間に緊張感が最高潮まで高まる。
そして急いでヘッドホンマイクを外して鏡を覗き込む。寝ぐせが付いていないか、どういう表情をしているか、服装はどうするか。
基本的に愛依は中学時代のジャージを着ている。可愛い服装に着替えようと思ったけれど不自然なので止めておいた。変わりに母親が付けていた赤いリボンを付ける。母親に弱気な背中を押して欲しかった。
準備を整えると震えた手で部屋の鍵を開ける。
正直に言えば怖い。顔を合わせるのが怖い。人と向き合って話すのが怖い。彩芽にどう思われるのかも怖い。幻滅されるのではないかと思うと怖い。でもこれは彩芽に日頃のお礼を言うチャンスであった。彩芽は日頃の家事を全てこなし、学校での勉強があるのに家計の為にバイトを掛け持ちしてくれている。どれだけ苦しい家計でも愛依も働けとは一度も言わなかった。
彩芽は引きこもりになった愛依を責めた事は一度もない。見放しもせずにずっと愛依の味方で居続けている。
愛依がバーチャルチューバ―を始める時も彩芽は賛成してくれていた。
ずっとお礼が言いたいけど愛依は恥ずかしくて言えていない状況だった。
自分の臆病な性格が嫌になる。決心した愛依は力強く部屋の扉を開いた。




