第26話 どんだけ馬鹿って言うんだよ
後妻の女性の悪口に反論しない佳賀里は小さく震えているようだった。
いつもの強気な態度は霧散している。これが本当の佳賀里の姿なのかなと考えてしまった。やっぱり妹の愛依によく似ている。
「本当にツムギは卑怯な女だわ。どうせお金でこの男の子を雇ったのでしょう? はぁ……晴信様が知ると情けないと怒られるわよ?」
「違います……神楽君は私の為に――」
「嘘はもういいわよ。所詮ツムギは一人孤独な人間なのは知ってるから。本当に親である晴信様が立派なのになんでこんな愚図な娘が生まれたのかしら? あぁ、母親の血が濃いからかしら?」
「お母様を悪く言わないで下さい」
「別に悪く言っていないわよ? 私は事実を言っているだけ。何か文句ある?」
「いいえ。文句などございません」
後妻の女性は佳賀里に対して冷たい。いや、冷酷だと表現してもいいだろう。
なぜここまで嫌われているのかは分からない。分かった所で部外者の俺には関係ない事ではある。他人の家庭事情に進んで関わるのも良くはない。
「私に文句があるのなら言ってみなさいよ? ほら、どうしたの? 早く言いなさいよ」
女性は微笑みながら俺の目の前で佳賀里の金髪を鷲掴みにした。抵抗しない佳賀里は歯を食いしばって耐えている。女性の行動に驚いた俺は咄嗟に女性の腕を掴んだ。
別に佳賀里が可哀そうだと同情した訳じゃない。身体が勝手に動いた。
「何をしているのですか? 暴力は止めて下さい」
初めて女性と目が合う。そして佳賀里をこれほど嫌うのはなぜだろうと考えてしまうと女性の未来が視えた。
そういう事か。あぁ、面倒くさい。また余計な未来を視てしまった。仕方がないな。
俺は握力を強めて強引に女性の手を佳賀里の金髪から引き剥がした。覚悟を決めた俺はもう迷わない。
「何をするのよクソガキッ! 私が怪我をしたら慰謝料を請求するわよッ!」
ヒステリックに怒鳴る女性を睨む。この人はあれだな。メンヘラという性格なのだろうう。まともに相手をしても時間の無駄だ。
「これぐらいで怪我をするはずないだろ? おばさんは被害妄想が強くて面倒くさい」
「なッ!? はッ!? 私がおばさんですってッ!?」
「厚化粧しないと若い見た目が保てないのはおばさんの証拠だと思うけど? それに可憐な女子高生相手に暴力を振るったのは最低だと思うけど? おばさんってまともな教育を受けていないだろ? もしかして若さへの嫉妬か?」
「クソガキがッ! なに調子乗っているのかしらッ! 私を怒らせたらどうなるか分かっているのッ!?」
「知らないっての……はぁ……短気な人だな……おばさんの事を世間では老害って言うんじゃなかったっけ?」
俺の挑発に簡単に乗ってくれる女性は机に置かれた花瓶を投げつけてくる。
予想していた俺は簡単に避けると佳賀里の手を引いて部屋を飛び出した。これぐらい挑発して置けば大丈夫だろう。それにしてもわざと人の悪口を言うのは慣れないな。あんな人に対しても良心が痛むのはなぜなのだろうか。
会場に入るといきなりの佳賀里の登場に皆が拍手を送る。そして賛辞の言葉を伝えに大人達が近寄ってきた。隣で聞いていた俺は社長令嬢も大変だなと同情した。
佳賀里に対して美しいや可憐だと言いながら大人達の言葉から本心ではないと分かる。社交辞令の類だろう。佳賀里が財閥の娘だからと挨拶に来たまでだ。誰もが佳賀里ツムギ本人の誕生日を祝っている様子はなかった。
大人達へ無難に対応している佳賀里に対して喋り掛けるタイミングを待つ。そして佳賀里への往来が一息ついた所で話し掛けた。
「じゃあ俺は帰るよ。友達の役割も果たしただろうし」
佳賀里は近寄る大人達に俺の事を友達だと紹介した。圧倒的に不審がられたが俺は気にはしない。
「ちょっと待ちなさいよ……私に話があるって言ってなかった?」
「あー、もういいよ」
「何なのよあんたは……」
「じゃあまた学校でな。月曜からテストだからちゃんと勉強しろよ」
正直に言えばこの会場やスーツの恰好も息苦しい。あと、中間テストに向けて勉強したい気持ちもあった。バイトを予定に入れていると勉強する時間が削られてしまうのだ。
立ち去ろうとすると佳賀里に手首を掴まれる。
「待ちなさい……何でお母様にあんな失礼な事を言ったのよ……?」
「うーん。少し腹が立ったからかな?」
「お母様は執念深い人なのよ。もしかしたらあんたに嫌がらせをしてくるかも知れない」
「それは嫌だな」
「何でそんなに気楽なのよ。あんた馬鹿なの? あんたは今の状況を分かっていない。私なんて庇う必要なんてなかった。あんたになんか庇われても嬉しくない。余計な事をしてお母様の機嫌を損ねるなんて馬鹿だわ。馬鹿過ぎるわよ。大馬鹿者よ」
「どんだけ馬鹿って言うんだよ」
「私なんて放って置けばいいでしょ……」
「それは出来ない。だって俺の貴重な友達だからな。佳賀里が困っている姿を見て黙っていられなかった」
すると涙を溜めた佳賀里が大きな瞳で見上げてくる。呆れているのか怒っているのかは俺には分からない。余計な事をして自覚はあるけれど俺自身で決めた事だ。後悔はない。
そうだ。俺のせいで佳賀里があの母親から虐められないだろうか。
少し心配になった俺は佳賀里と顔を合わせて母親というキーワードを思い浮かべて佳賀里の未来を視ようとする。しかし砂嵐のように未来の映像は乱れちゃんと視えなかった。もう一度だけ試しても同じように鮮明な未来が視えない。
どうやら疲れているらしい。今日は力仕事もしたし色々とバタバタしていた。身体も頭も疲れているのは自覚できる。さっさと帰って風呂に入って寝よう。
俺は佳賀里を振り切るように帰宅した。そして日曜を経て中間テストが始まる月曜に学校へ向かう。いつも通り無口で教室の扉を開けるとなぜか笑いが生まれた。
クラスメイトの注目を浴びながら自分の席に向かうと俺が座る机が無くなっていた。




