第24話 悪口は川のせせらぎのように
煌びやかな会場、立食形式の食事、テーブルには見た事のない色とりどりの料理が並べられていた。ジューシーな肉類、鮮やかな野菜、数種類のスープ。
これがバイキングだったとしたら一人数万円は掛かるだろう。
貧乏人の俺には完全に場違いな場所で肩身が狭い。高級スーツも着心地が悪い。
高い天井のシャンデリアを見上げる俺は壁際でひっそりと息を潜めていた。
クラシックの生演奏などを遠巻きで視ながら周りの人々を観察する。
女性はドレスや着物を着ており、男性はスーツやタキシード姿だ。自信のある表情から金持ちさが伝わってくる。さすがは佳賀里財閥の関係者たちだ。
このパーティーは佳賀里の為に開かれている。本日は佳賀里の誕生日だった。
ちなみに招待されて置いて何だけど佳賀里に対してプレゼントは用意していない。朝起きた時点で佳賀里の誕生日会に向かうと知ったのだがバイトに向かわなければならず、プレゼントを購入する時間がなかった。
いや、そもそも友達でもない佳賀里に対してプレゼントは必要なのだろうか。俺は本人に誘われた訳ではない。佳賀里の使用人である老紳士に誘われただけなのだ。
しかもこれだけの人数がいると顔を見ないのにも苦労する。俺は無駄に他人の未来を視ないように首を下げて赤い絨毯ばかり見ていた。
「お食事はいかがでしたか?」
人から離れた壁際で気配を殺していると老紳士である海馬が声を掛けてくれる。
お辞儀する海馬の丁寧な身のこなしはこの会場にマッチしていた。
「いえ、俺は料理を食べていません」
「都内の一流シェフに作らせた料理なのですがお口に合いませんでしたか?」
料理を口にした瞬間に参加費を請求されたら困るから食べられない、とは言えない。
そもそも俺は誕生日を祝いにきたのではない。佳賀里とゆっくり話したいが為にこの場違いな場所に出向いたのだ。本来の目的を遂行すれば帰るつもりだった。
「それよりも佳賀里と話は出来ますか?」
「しばらくお待ちください。ツムギお嬢様はドレスに着替えておられます。本日の主役ですからね。神楽様も普段とは違うツムギお嬢様に驚かれると思いますよ」
海馬の口元を見ると不敵に笑っていた。ニヤリと文字で出そうな笑い方だ。
すると待っている間に海馬が飲み物を取ってきてくれた。俺は請求書とかが家に届かない事をしっかり確認してから白いミックスジュースを飲む。
フルーツの酸味と甘さが絶妙でかなり美味しかった。作り方を教えて欲しいものだ。
「そういえばこの会場まで案内してくれた赤毛のメイドさんですけど……何だか俺に敵対心を抱いていましたけど……何でですか?」
「あぁシラヌイですか。それはツムギお嬢様を心配されているからですね」
「心配ですか?」
「ツムギお嬢様が神楽様に興味が出た事を嫉妬しているだけです。お気になさらずに」
いやいや。お気になる程にシラヌイって女の子に睨まれたのですけども。物凄く文句を言いたそうな顔をしていたのですけども。
すると視線を感じた俺は会場の奥で俺を睨んでくるシラヌイと目が合った。するとシラヌイにつま先を踏みつけられる未来が視えた。
最悪な未来だ。俺が何をしたって言うのだ。絶対にシラヌイに近寄らないで置こうと俺は心に決めた。関わるのは損でしかない。
「それでもう一つ質問いいですか? 何で俺は佳賀里の誕生日に呼ばれたのでしょうか?」
ずっと呼ばれた理由が気になっていた。理由もないのに急に俺を呼びつけるはずがない。
「神楽様にはご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」
「謝罪は結構ですよ」
「……実はツムギお嬢様がご自身の誕生日会に友達を呼ばなければ海外の学校へ転校させるとお父上である晴信様が仰ったのです」
「海外ですか……」
たしか佳賀里は中学時代に引きこもりにあっていたはずだ。海馬の説明では友達が出来なくて仲間外れにあったみたいな話だったような気がする。というか別に悪い話ではないような気もするのだけれど。
佳賀里は日本の学校ではなく海外の学校に行けばいい。優秀な佳賀里は勉強だけではなく英語も堪能らしい。金髪で見た目も日本人ではない。海外の方がすんなり溶け込めるのではと考えてしまった
「ツムギお嬢様は亡くなられた奥様との思い出を大切にしているのです。だからこそ日本を離れたくないという強い気持ちを持っておられます」
佳賀里が母親を失っているのだと噂では知っていた。そして後妻である今の母親と上手くいっていないのも友達のいない俺でも知っている噂だ。母親を失くしているのと嫌われ者になっているのは俺との共通点でもあった。
すると海馬の元へシラヌイという少女が近寄ってきた。
「海場さん。ツムギお嬢様の準備が終わったらしいですよ」
「そうですか。ではシラヌイ。神楽様をツムギお嬢様のお部屋まで案内して下さい」
「嫌です」
「わがままを言ってはダメですよ?」
「この男もどうせツムギお嬢様の金目当てなんでしょ? 目つきが悪いし人の顔を見ない所からするに犯罪者予備軍確定です。ツムギお嬢様と二人気にしたらツムギお嬢様の貞操が失われる」
この子は何を言っているのだろうか。俺を何だと思っているのだろうか。あれ、これって怒っていいよね? 失礼過ぎるよね? 舌打ちぐらいはしても許されるよね?
「大丈夫ですよシラヌイ。神楽様は女性に乱暴するような人間ではありません。探偵を三人雇って調べたので間違いのない情報です。どちらかと言えばお人好しのお馬鹿さんですよ」
いやいや海場さん。探偵を雇ったなんてさらりと言われると怖いのですけど!?
そういう裏話は俺のいない所で話して下さいよ!?
「探偵より女の直感の方が信用できます。こいつは危険です」
シラヌイに指を向けられる。初対面なのに俺をこいつ扱いするのは止めて欲しい。
「危険ではありませんよ。私の調べでは神楽様に女性との交際経験はありません。告白した事もなければ告白された経験もございません。つまり純白な少年です」
川のせせらぎのように静かに俺の悪口を吐くシラヌイ、何とか俺をフォローしてくれるのだが本性が見え隠れする海馬。俺は二人のやりとりを聞いていると胃が痛くなってしまった。
とりあえず早く佳賀里に合わせて欲しいのだけれど。
なぜか泣きそうになっている俺は大きなため息を付いてしまった。




