第23話 普通は断ると思いますけど?
仕事終わりに駅に向かって歩いていると高級車が歩いている俺の目の前で止まった。
車から降りてきたのは海馬と呼ばれる老紳士だった。約束の時間より早く海馬が現れると視えていたので驚きはしない。
丁寧にお辞儀した海馬に対してお辞儀を返す。通行人の人達は何事かと俺と海馬を盗み見ていた。この状況なら俺が御曹司に映るのかも知れないなと余計な事を考えてしまう。
「申し訳ございません。神楽様との約束の時間は午後六時だと伝えたのですが先にお迎えに参りました。」
「そうですか。じゃあ行きましょうか」
何の抵抗もなく俺は車の後部座席のドアを自分で開いた。
佳賀里の家に招待された理由は分かっている。俺としては場違いなので行きたくはないのだが、佳賀里ときちんと話せる機会は欲しい。佳賀里に対して嫌がらせを行う相手を特定する為にも情報を知りたいのだ。最初は断ろうとしたが考えを改めていた。
海馬に強制的に約束された次の日から佳賀里は学校を休んでいたので話は出来ていなかった。家に招待されるのを断ろうとしても本人が登校していないのならどうしようもない。
高級車に乗り込み黒い革で覆われた座席の感触に驚いていると運転している海馬が話し掛けてくる。
「神楽様は衣服が汚れているようですが何かあったのですか?」
俺の白いシャツはコーヒーの染みで黒くなっていた。水ですすいでみたが駄目だった。
「飲んでいたコーヒーをこぼしました」
「そうですか。では着替えがありますのでお使い下さい」
海馬は助手席に置いてあった紙袋を俺に手渡した。どんな理由を付けてでも着替えさせるつもりだと分かっていたので「ありがとうございます」と素直にお礼を言った。
用意されていたのは黒いスーツだった。生地を触ると滑らかな手触りで高級品だと分かった。さすがは佳賀里財閥だ。俺なんかの為にこれほどの服を用意してくれるとは驚きだ。俺はスーツに袖を通しながら不安に駆られる。汚したら弁償とか言われないだろうか。膨大な費用を請求されないだろうか。このまま貰えると分かっていても臆病な性格が故に考えてしまう自分が少し情けない。
山の麓に建てられた佳賀里の住んでいる屋敷に到着するとあまりの大きさに驚いた。
この辺はあまり来た事が無かったけどお金持ち達がこぞって住んでいるのは知っている。しかし城みたいな屋敷を目の前にすると住んでいる世界が違うのだなと実感してしまった。
車から降りると白と黒のメイド姿の少女が出迎えてくれた。テレビで見るメイドさんとは雰囲気が違う。メイド服は露出が少なく品がある。しかし大人びた雰囲気だが赤みがかった髪型はショートボブで今風の若い女の子だった。
海外の女の子なのかなと考えていると少女は大袈裟にため息を付いた。
「本当に来るとは思いませんでしたよ……普通は断ると思いますけど?」
「えッ……」
「あなたはツムギお嬢様の友達ではないのでしょう? もしかして金目当てでツムギお嬢様に近寄ろうとしているのですか?」
「いや俺は別に――」
「言い訳は結構です。はぁ……とにかく来てしまったのなら使用人として案内してあげます。私に着いて来て下さい。本当は案内するのは嫌ですけど我慢します」
何だろう。物凄く歓迎されていないのだけれど。
そもそも俺だって老紳士に強制的に誘われたから来ただけだっての。まぁ、佳賀里と落ち着いて話せる機会があるから断らなかったけれども、ここまで嫌悪感を抱かれる筋合いはありませんけども。
文句を言いたいのを堪えながら速足で歩く少女の背中を追いかけた。




