第21話 些細な報告は意味をなさない
長い列に並びながら店内に流れる流行りの曲を聞き流しながら考える。
生活費の何を削るべきか。食費なら我慢すればいいだけの話だ。しかしあまり食べないと学校やバイトで持たない。栄養バランスの良い料理を作ってあげたいので愛依の食費は削ることは出来ない。さて、どうするべきか。
俺が必死で悩んでいると隣に並ぶ弥生が俺の腕を抱きしめた。
弥生の豊満な胸が肘に当たっても動揺はしなかった。思春期男子には酷なシチュエーションだが動揺はなかった。今の俺は生活費の計算で忙しかった。
「どうした?」
「この方がカップルに見えるんじゃないかなーって……」
耳を赤くしている弥生が俯きながら言い訳する。もしかして店内が暑いのだろうか。
「いい心がけだ。そうだな。この方がカップルらしい」
「う、うん……」
俺の為にお金を浮かそうとしてくれる弥生に少し感動した。これほどに協力してくれるのなら怖いものはない。俺は必ず半額の商品を買ってみせる。
順番が回ると次で注文できる所まで近づいた。俺は置き看板のオススメと半額の文字を改めて確認してから心の準備を整える。嘘を付くのは得意ではない。しかし家計の為にはカップルだと嘘を付くしかない。神様も許して下さるだろう。
すると前に並んでいたカップルがオススメを注文する。
「カップルのお客様ですね。では、カップルの証明として彼女に抱き着いて頬にキスをして下さい」
店員さんが前に並んでいたカップルに促すと二人は抱きついて男性が女性の頬にキスをした。照れたような女性と男性はとても幸せそうだった。
へー。もしかして付き合って間もない人達なのかな。何だか見ている俺も恥ずかしくなってくるっての。でもまぁ幸せそうな人を見るのも悪くはないよな。と、考えた所で俺は現実に戻される。
ちょっと待て! ちょっと待ってくれ! ちょっと待って頂きたい!?
何その儀式!? カップルの証明って何!? 新種の公式か何かなの!? 抱きしめて頬にキスをするなんて出来るはずがないだろ!? そんな儀式はノットイコールなんですけど!?
俺は立て看板を凝視すると端の小さい字でカップルの証明が必要だよと丸文字で書かれていた。
小さすぎるだろ! これは詐欺だ! 詐欺に違いない!?
「では次のお客様カウンターへどうぞ!」
店員さんに呼ばれる。俺と弥生の後ろには長蛇の列が続いている。
どうする。このままでは弥生の頬にキスをする流れになる。幼馴染だとしても俺達はもう高校生、立派な思春期だ。簡単に出来るはずがない。ましてや俺と弥生は偽りのカップルだ。抱きつくのも恥ずかしいのに頬にキスだと? 正気の沙汰とは思えない。
これは出直して作戦会議が必要だ。半額の魔力は魅力的だが今回はす半額パンのそれではない。
すると弥生が俺の腕を強く抱きしめてカウンターへと一歩踏み出した。
ちょっと待って下さい弥生さん! どういう心境なの!? 前に並んでいたカップルの行いを見て注文に向かうのは無謀すぎるだろ!? それは勇気じゃない! 死に急いでいるだけだ!
しかし、俺が弥生を連れて店内に入ってしまった事実がある。
ここでやっぱり別の店にしようとは究極的に言いづらい。
よし。半額は諦めよう。普通の注文をすれば問題ない。財布が寂しくはなるが仕方がない。自分の貞操を守る為にお金を使うのは悪い事ではない。これは弥生の為でもあるのだ。
そして店員の女性に「ご注文はどうされますか?」と聞かれた。俺はカウンターで見慣れないメニューから安い飲み物を高速で探していると隣の弥生が口を開いた。
「カップル限定のコーヒーを下さい」
「……ふぇ?」
変な声を出しながら弥生の横顔を見ると少しだけ口角を上げていた。
俺は理解した。これは罠。そう、弥生は全てを知って俺をこの店に誘導したのだ。はめられた。まんまと甘い蜜に群がってしまった。
弥生は時折俺をからかって楽しむ癖があった。弥生の悪戯は久しぶりだったの油断してしまっていた。まさかこんな場所に落とし穴を用意していたとは。
「ご注文ありがとうございます。では、カップルの証明として彼女に抱き着いて頬にキスをして下さい」
どうする。この流れではまずい状況だ。策士弥生はこの状況で俺がどういう反応をするか試している。
なら逃げるか。しかし、弥生が俺の腕を頑丈に固定しているので振りほどける自信がない。女子高生の力じゃない程に腕を固定されていた。多分もう少し力を加えられると関節が外れそうだ。
焦るな。考えろ。心臓が高鳴りながら自分を落ち着かせる。
いっそこのまま何事もなく流れに身を任せるか。それとも頑なに拒否をして逃走するか。
ぐぅ……どうする。どうする。選択肢は少ない。
くそッ! ダメだ選べない!
「どうされましたかお客様?」
不審がった女性の店員が声を掛けてくる。後ろに並んだ人達や店内にいる人達も俺に注目し始めた。いや、弥生が可愛いからか男性の視線が多いように思える。しかも俺に対する視線は冷めたモノが多い。
最終手段として俺は自分の未来を視て何とか丸く収まる選択肢を探した。
逃げようとしても弥生の拘束からは逃れられない。無理に逃げたら弥生を怒らせる、違う注文をしても弥生に即座に訂正される。
そして刹那の時間で導き出した答えはあまりにも横暴だった。
店員さんごめんなさい。俺は心で女性の店員さんに謝罪した。
「あの。抱きしめるだけにして下さい。ダメですか? ダメなのでしょうか?」
「えッ……いや……お店の決まりなので……」
俺の目つきの悪さに怯える女性の店員さんは一歩身を引いた。
構わず俺はカウンターに両手を置いて身を乗り出す。交渉は勢いと根性だ。
「俺達は付き合って間もないので! この言葉の意味は分かりますよね!? センチメンタルですよねッ!?」
「ひッ……分かりました……分かりましたから」
何とか頬にキスは回避した俺は弥生と向き合う。弥生は俺の必死な行動を理解していたのか無邪気に笑っていた。童顔の弥生が無邪気に笑うと本当に子供の頃を思い出してしまう。
本当に弥生の考えは読めない。俺をからかって何が楽しいのだろうか。
ふっふっふ。では、次は俺からの攻撃だ。
不敵な笑みをわざと浮かべた俺は弥生の身体に腕を回して力強く抱きしめた。少し痛い目を合わせてやろうと考えたのだが俺の些細な報復は意味がなかった。
弥生の身体から手を離した時に弥生はなぜか嬉しそうに俺を見上げていた。




