第18話 とにかく怖いので手を離して下さい
薄暗い公園で老紳士と対峙する。独特の緊張感が漂っていた。
背筋を伸ばした姿、佇まい、経験の積み重ねを経た瞳。この老紳士はかなり出来る。
俺はいきなり現れた使用人と名乗る老紳士を警戒した。もしかしてアンダーグランド系の人かも知れない。
咄嗟に老紳士に何をされるのかと自分の未来を視る。結果、佳賀里は相当に性格が悪いなと呆れた。あと、佳賀里も大変だったのだなと少しだけ同情する。
「ツムギお嬢様の為にこのような時間まで待って頂いてありがとうございます」
どうしようか。話の内容は分かったから無視して帰ろうかな。いや、でもさすがに失礼だろうな。少しだけ話して逃げるか。
「いえいえ」
「申し訳ないのですがツムギお嬢様はこの公園には来られません」
佳賀里がわざと来ないのは知っている。
「そうですか。じゃあ俺はもう帰りますね」
「待って下さい。なぜ来ないのかは気になりませんか?」
「……別に」
「ツムギお嬢様は神楽様を試しておられました。そしてこの私に神楽様がどれぐらい待っているのかを調べるように指示致しました。ですので私はずっと神楽様を見ておりました」
「そうですか……使用人さんも大変ですね」
「驚かれないのですか?」
「えっと……ある程度は驚いています。でもまぁ使用人さんが話し掛けてくれたおかげで帰ることが出来ます。ありがとうございました」
鞄を抱えて帰ろうとするが老紳士は淀みなく話を進める。
「健気に待ち続けている神楽様を不憫に感じまして……試すような事をして申し訳ございません」
「使用人さんが謝る必要はないと思いますけどね。では失礼しま――」
「神楽様になら話してもいいでしょう……ツムギお嬢様はお友達が出来なくて苦労されております。中学生時代には不登校となってしまいました。ツムギお嬢様は気が強く見えても繊細なのです。非難や仲間外れに対して臆病になっておられます」
老紳士は帰ろうとする俺に構わずに佳賀里の過去を話しだす。エピソード佳賀里は老紳士の苦悩も含まれていたので長い。というかこの人はどれだけ喋るんだと驚くほどに湧き水のように言葉が出てきていた。
そしてエピソード佳賀里が終わると現在の佳賀里の話を追加する。エピソード佳賀里第二章だ。もちろん俺は心待ちにはしていない。
佳賀里は占いが好きで俺に興味が出た。そして俺と一緒に占いの話をしたいとずっと話し掛けるタイミングを計っていたらしい。俺に話し掛ける練習を使用人としたと聞いて呆れてしまう。練習したのなら普通に話し掛けて欲しいものだ。
佳賀里は本当に繊細な奴だと感じながら冷たくあしらったのを反省した。
老紳士が佳賀里の個人情報を話し終えた頃には日付が過ぎていた。一本の映画を見終える程の時間を消費してしまった。この人は俺が学生だと言うことを忘れているらしい。
気を使って話を聞いてしまった俺にも責任はあるけども。
「あの……そろそろ帰りますね。明日も――」
さすがに帰ろうと歩き出すと老紳士が俺の肩を片手で強く掴んだ。油断していた俺はあっけなく捕まってしまう。
「まだ話の途中です。私の話を踏まえて神楽様でよろしければツムギお嬢様のお友達になってはくれませんか? 六時間も待っているということは神楽様がツムギお嬢様を嫌いではないと確信いたしました」
「たしかに嫌いではないですけど……友達はどうかな? 本人が嫌がると思いますけど……あと手を離して下さい。俺は帰りたいのです」
老紳士の手首を掴んで引き剥がそうとするが全く動かなかった。
えっ? 何この力? 鉄骨?
「ツムギお嬢様は神楽様の態度が気に入らないと怒っていらっしゃいますが、本心は嫌われたと思って心を傷付いております。ですのでどうかツムギお嬢様と少しでも仲良くなって頂けたら私は嬉しく思います」
全体重を掛けて逃れようとするが俺の肩を掴んだ手は離れない。むしろ握力が強くなっていく。このまま抵抗すれば俺の肩を外されそうだった。俺は無駄な抵抗は止めて交渉に移る。
「分かりました。分かりましたからもう帰らせて下さい。とにかく怖いので手を離して下さい」
「神楽様には感謝いたします。では親睦を深める必要がありますので次の休日にお迎えに参ります。神楽様の倉庫の仕事が終わるのが夕方の五時なので……ご自宅には六時に車を向かわせます」
「いやちょっと! 勝手に話を進めないで下さいよッ!」
「では私はこの辺で失礼致します」
俺の肩から手を離した老紳士は丁寧にお辞儀してから公園を後にした。
勝手に予定を立てられた俺は公園にぽつりと残されたのだった。
とにかく眠いから帰ろうとスマホを手に取ると充電が切れてしまっていた。




