第17話 以後お見知りおきを
昼食の半額パンを食べ終えると教科書に目を落とした。
いつもは昼休みが終わるまで遊んでいた生徒も教科書を眺めている。さすがは進学校。来週に迫った中間テストに向けて励んでいるようだ。
感心したい所ではあるが俺としては教室に生徒が少ない方が有難かった。
佳賀里への嫌がらせはまだ続く。学校に着いてから佳賀里の未来を視たので確実だ。
俺が嫌がらせを一度だけ阻止したとしても意味はない。相手が諦めるまで続くのだとしたら犯人を見つけて止めさせるのが理想的だ。
本当に自分の偽善者振りが嫌になるが、佳賀里が悲しむのを見過ごすことは出来なかった。何もせずにずっと佳賀里が気掛かりなのも気持ち悪い。歯の隙間に詰まった肉片が上手く取れない感覚だ。佳賀里は俺にとって肉片なのだ。
とにかく犯人が誰なのか分からない以上、情報が必要ではある。
嫌がらせの理由が分かればある程度に人数は絞れる。さすがにこの学校の生徒、教員を含めて全員の未来を視て周るのは無理だ。未来が視える能力を使い過ぎれば入学式のように倒れてしまう。
担任の京寺先生に相談するという案もあったが、あの人が関わればさらに大事になりそうで不安になる。熱血が変な方向に進むと収拾がつかなくなる。リスクを考えると今の段階では相談しない方がいい。
とにかく佳賀里本人に聞いた方が早いな。嫌がらせをしそうな人を本人が知っている可能性は高い。知らなくても情報を聞いた方が動きやすい。
俺は豪華な弁当を食べている佳賀里に小声で話しかけた。ちなみにクラスメイトに自分から話し掛けるのは初めてだった。
「佳賀里。話があるから放課後に学校の近くの公園に来てくれ」
上品な箸使いで白米を口に入れる佳賀里は全く反応しない。食事を続ける佳賀里とは逆に他の生徒が驚いていた。
「おい。聞こえていないのか?」
またしても反応はない。喋り掛けた俺の方を見もしない。俺は優雅に海老フライを食べる佳賀里の横顔を眺めて吐息を付いた。
もしかしてこいつ俺が最初に無視したのを根に持っているのか? たしかに佳賀里に喋り掛けられた時は完全に無視しようとした。報復のつもりだと理解すると話し掛ける作戦は諦めた。これは自業自得なので仕方がない。俺だって同じように対応する。
これ以上に話し掛けても他の生徒の目があるので手紙作戦に移行する。
午後の授業が始まるとノートの端を切って文字を書き、佳賀里の机に置いた。
俺と佳賀里は一番後ろの席なので生徒には分からない。さらに教師が背を向けているタイミングを狙った。
佳賀里は俺の手紙を一瞥すると俺に視線を一瞬だけ向けてから再び授業に意識を向けた。
放課後になると俺は学校近くの公園に足を運んだ。小さい子が鬼ごっこするのを眺めながら一人で寂しくベンチに座る。子供って無邪気だなと思いながら公園の時計を確認した。
佳賀里が約束通り公園に来る保証はない。本人から分かったという返事を貰っていないのだ。
俺の予想では来ない可能性の方が高い。プライドの高い佳賀里だ。自分を無視した相手を許すはずがない。だとしても俺が誘ったので一応は約束の場所で待っておく必要がある。今日はバイトが休みなので時間はある。
期待せずに待ってみるか。
佳賀里が公園に来るかどうかは自分の未来を視れば簡単に分かる。佳賀里と公園で会えるか、というテーマを思い浮かべなければ未来は分からないままだ。だが俺はあえて未来を視ようとはしなかった。能力に頼らずに佳賀里を信じるのも悪くはない。
しかし一時間が経過しても佳賀里は現れなかった。空を見上げると太陽も沈み始めている。公園で遊んでいた子供達は帰り、犬を散歩する人が増えてきた。
やっぱり来ないか。でも手紙には時間指定はしていなかったよな。俺は手紙に今日の放課後にこの公園で待っていると伝えていた。このまま帰れば佳賀里と入れ違いになるかも知れないと思えば帰るに帰れなくなった。自分が呼び出しといて居なくなるのは失礼過ぎる。
そして二時間が経過した。辺りは夜を迎えている。電灯近くには虫が飛んでいた。公園はしんと静まり遊具が寂しそうに眠っていた。初夏が近いとはいえ、夜は冷える。
これはさすがに来ないな。諦めるか。じゃああと三十分待って来なければ帰ろう。
そしてさらに三時間が経過する。待っている間、勉強をしたりスマホをいじったりしていた俺は完全に意固地になっていた。
佳賀里が公園に来ないのは分かった。分かったが今帰るのはなぜか悔しい。
誘った責任として今日が終わるまで待ってやる! ここまで待ったのなら日付が変わるまで待ってやろうではないか! 謎の使命感を燃やした俺はベンチに力強く座った。
すると愛依から何処にいるのと心配してくれるメッセージがスマホに届く。
意地になっている俺は戦場だと意味不明な言葉を返信してしまった。
「神楽様でよろしいでしょうか?」
声の方に振り向くと老紳士が立っていた。映画やドラマで見た執事服を身に着けた老紳士は凛としており風格が感じられる。貧乏な俺には縁のない人物だ。
すぐに老紳士の顔から視線を外して老紳士の革靴を見る。
「俺は神楽ですけど……あなたは?」
「申し遅れました。私はツムギお嬢様の使用人である海馬と申します。以後お見知りお気を」
老紳士に小さくお辞儀されてしまったので咄嗟にお辞儀を返した。




