第13話 好きな男はいるのか?と簡単に聞いてはいけない
学校が終わるといつもの様に弥生と帰宅する。
腹が減って元気がないので俺はいつもより口数が少なかった。無駄に早起きした上に今日は体育の授業で長距離を走らされた。昼食抜きの状態ではさすがにきつく、胃液が込み上げるのを我慢するのが大変だった。いつもより動けない俺をクラスの奴は楽しそうに笑っていた。走っている最中、足が遅いだけで相手を笑わせられるのなら俺にはお笑い芸人になる素質があるのかもと余計な事を考えていた。
「彩芽君どうしたの? 体調が悪いの?」
「大丈夫だ」
「朝早くに出掛けたのと関係があるとか?」
今日は一緒に学校に行けないと弥生には事前に連絡を入れて置いた。もし連絡を入れないと永遠と俺を待つような性格をしているので弥生に対して連絡は必須だ。
俺は弥生を心配させないように空元気を絞り出す。早く出掛けたのも宿題のプリントを忘れたからだと説明した。
「何か悩み事があるなら言ってね」
弥生は微笑んで何気なく言った。本当に弥生は優しい。子供の時からよく相談に乗って貰っていた。妹の愛依が引きこもった時も一緒に悩んでくれた。母さんが死んだ時も俺に優しく手を伸ばしてくれた。何だか家族の様な存在だと感じている。俺も弥生の為に何か出来ればいいなと強く想っていた。
「弥生は優しいな。ただ、俺に優しくしても得はないぞ?」
俺は隣で歩く弥生に向かって笑いかける。すると弥生は空気を読んで「たしかにそうかも」と大きく肩を落とす素振りを見せる。そして二人で声を上げて笑った。
「でも、彩芽君のおかげで得したこともあるよ?」
「そうなのか?」
俺のおかげで弥生が得をするか。
登下校の話し相手になっているとか? もしくはお互いの思い出を共有できるとか? 何だろう。弥生に高価なプレゼントを上げた覚えもない。
「男の子に告白される事が無くなったの。告白されるのは嬉しいけど断るの申し訳ないから……」
「もしかして目つきの悪い俺がいるせいか? 用心棒的な扱いなの?」
「だろうね」
弥生は久しぶりに悪戯っぽく笑う。いつもの表情とは違い純粋な子供の頃の弥生に映った。童顔の弥生がさらに幼く見えるようだ。
何だか申し訳ない。俺が弥生の華やかな青春を邪魔しているのではないかと改めて思ってしまった。
思春期である弥生もかっこいい男と恋愛したい願望はあるだろう。だとすれば俺のせいで機会を逃してしまう。分かっていた。弥生の恋愛事情には俺は邪魔でしかない。弥生の可愛らしさが俺という汚れで市場価値が下がってしまう可能性もある。
弥生の為に距離を取る作戦はもう使えない。なら、付き合っているという誤解を消すしかない。でもどうすればいいのだろうか。説明した所で他人は納得してくれない。
もしかして俺が他の女性とお付き合いすればいいのか?
ナイスな提案だったが現実的ではなかった。そもそも俺が女性だったとしたら俺と付き合いたくはない。目つきが悪く優柔不断で金も服のセンスもない。しかも未来が視えると言うデメリットを持ち合わせている。
自分で言って情けないが事実なので受け入れるしかない。受け入れてから立ち直るまでが勝負なのだ。何だか自分で言って自分で凹んでしまう。
ちょっと待てよ。別に弥生が相手から告白されなくてもいい。弥生が自分から好きな人に告白して交際してしまえば俺との変な噂も消える。
「弥生は好きになった人に告白する勇気はあるか?」
「いっ、いきなりだね! 告白は……どうだろう……物凄く勇気がいるかな……」
弥生は基本的に明るいが恥ずかしがり屋な所がある。あと泣き虫だから断られたら泣き崩れそうだ。弥生を振るような男は俺が許さないが……いやいや。ただの友達の俺が許さない発言は気持ち悪すぎる。前言撤回。
よし。では一肌脱ぐしかない。弥生の恋が成就する確率を上げる為に男の未来を覗いてやる。男の未来が視えれば弥生が楽しく過ごせるのか確認できるのだ。もし弥生を泣かせるような男だったら全力で邪魔してやる……いやいや。ただの友達の俺が全力で邪魔してやる発言は気持ち悪すぎて引かれるな。前言撤回。
「弥生は好きな男はいるのか?」
「えッ! えッ! いきなり何を言い出すのかなッ! びっくりちゃうよー!」
「俺は真剣に聞いている。真面目に答えてくれ」
顔を真っ赤にしている弥生に詰め寄る。
俺は未来が視えるが他人の思考までは読めない。さらに弥生は俺が未来を視ることが出来ない人間の一人なので結果的に素直に聞くしかない。
すると弥生は太極拳のように手を広げて円を描く。秘伝の奥義を繰り出しそうな弥生だったが俺の質問にぼそぼそと答えてくれた。
「好きな人は……いますけど……!?」
はいはい。了解です。では俺の出番なのではないですか。。
腕がなるぜと意気込みたい所ではあるが、正直俺は自分の事で精一杯ではある。引きこもりの愛依、勉強、バイト、さらには隣に座る佳賀里の今後も気になっていた。
「どんな奴だ?」
しかし覚悟は出来ていた。弥生の為なら優先順位を変更するのも厭わない。
「へぇー!? えっと……困っている人を放って置けない人、かな……」
「名前は? 俺の知っている奴か?」
すると視線を上下左右に揺らしている弥生が唇を震わせる。
「い……」
「い?」
「い……」
「どうした? 井上って奴なの――」
「言える訳がないでしょうぅぅぅぅうううう!」
「はぐぅ!」
弥生は俺のみぞおちに拳を突き立てる。弥生は軽く殴ったようだが空腹の胃を直撃されたので腹を抱えて悶えてしまった。まさか急所を狙われるとは思いもよらなかった。
そして勢いよくポニーテールを揺らした弥生は俺を残して颯爽と去って行った。
俺はというと電柱に抱き着いて何とか倒れないように耐えている。通行人に情けない姿を見せて不審がられるのは嫌なのだ。
冷たくて固い電柱にしばらく寄り掛かった後でバイトに向かう為に一歩、また一歩と歩みを進めるのであった。




