第12話 昨日の自分を殴りたい
学校が終わり放課後になると自然な足取りでドラッグストアに出向いていた。そして今まで買った事もない除光液を購入する。値段は税込みで五百円ほどだった。
会計が終わり店を出ると除光液を眺めて自虐タイムに突入する。
くはぁー……俺は何をしているのだ……貴重な五百円を佳賀里の為に使ってしまうとは……俺の一週間分の昼食代だぞ……こんな馬鹿な事が有り得るのか……本当に俺は優柔不断な男だ……あれだけ助けないって決めたのに……助けるのを止めたのを止めてしまっているではないか……あぁー……自分の未来が視えても結局は購入してしまった……。
不甲斐ない自分を責めながら俺はバイト先へと向かったのだった。
そして次の日、朝早くに学校に向かい校門を開けてもらう。門を開けてもらった教員の男性に怪しい目で見られたので行事の為ですと無駄な嘘を付いてしまった。
港高校は自宅から徒歩二十分ぐらいで遠くはない。交通費が勿体ないからこそ俺はこの学校に決めていた。別に進学校ではなくても良かったのだが家からの近さを優先させたのだ。
誰もいない学校は寂しさを漂わせている。昼間の騒がしい校内が嘘のように静まり返っていた。悪くないなと考えながら教室に辿り着く。
とりあえずさっさと落書きを消して一眠りしよう。欠伸をしながら教室に足を踏み入れると自分の未来が視えた。
視えたのは京寺先生に俺が佳賀里の机の落書きを消す所を目撃されて犯罪者扱いを受けてしまう未来だった。
やばい。早くしないと京寺先生に絡まれる。あの人は面倒くさいから接触は避けたい。体育会系の京寺先生が誰よりも早く出勤するのを考慮していなかった。
このままでは俺が佳賀里のストーカーだと誤解される。これ以上に肩身の狭い学校生活を送ってたまるか!
急いだ俺は佳賀里の机に駆け寄り必殺の除光液とタオルを鞄から乱暴に取り出す。
佳賀里の机には俺が視た未来の通りに調子に乗るな、死ねと油性マジックで大きく書かれていた。文体や字体で犯人が特定できる訳もなく俺は内心でうぉーと叫びながらすぐに消し始める。
早くしろ! もっと早く腕を動かせろ! このままでは俺が救われない! 誰かに助けを求めるな! 自分自身で乗り越えろ! ストーカーになりたくなければ心を燃やせ! 命を燃やせッ!
汗を浮かべながら落書きと戦う。すると廊下から足音が聞こえてきた。
京寺先生に間違いはないだろう。俺は机を眺める。落書きはほとんど消したがまだ机の汚れが残っている。佳賀里が不審に思わないように綺麗に消したい所ではあるけど、時間はもう数秒しか残されていない。そうだ。焦る必要はない。京寺先生が教室を出た後で処理すればいい。生徒が登校してくるまでは時間が十分にある。
すると京寺先生は一時間目の歴史が担当なので授業が始まるまで教室を出ない未来が視えた。
くそッ! だったら諦めるなッ! 完璧に仕事をこなさないと無駄な出費をした意味がない! 佳賀里のせいで今日の俺は昼食抜きなのだぞッ! 絶対に許せるものかッ!
意味不明な使命感と恨みを混ぜながら落書きとの最終決戦を迎えた。
「おう神楽。どうした? 今日は早いな?」
スーツ姿の京寺先生が教室に入ってくる。今日も目をぎらつかせて元気そうだ。
俺は自分の席に座って外を眺めながら「おはようございます」と挨拶を返した。
「宿題のプリントを忘れたので早く来て終わらせていました」
やばかった。ぎりぎりだった。あと一秒遅かったら間に合わなかった。
「そうかそうか。神楽は成績がいい割に抜けた所があるな! 俺はそういう所面白くて好きだぜ! ただ、何でそんなに息が荒れているんだ? 走って来たのか?」
「えっと……瞑想です。過呼吸気味に息をすることで精神が安定すると本で読んだので」
「ほほぅ。やるなぁ。精神を鍛えるのは武道にも通じるのを若くして理解しているとは……鍛錬は精神を超越する。これは俺の師匠の言葉だ。どうだ? かっこいいだろ?」
空手二段の京寺先生は自分の過去を語って悦に入り出した。
正直興味は無かったので適当に流しておく。どうやら気が付いていない様子だ。急いで頑張って良かった。肩の力が抜けると不意に後悔が襲ってくる。
俺は何をやっているんだろうか。
そもそも落書きを消すことよりも落書きを書かせないという考えに至らなかったのはなぜだ。どうせ佳賀里が心配になるのなら犯人を待ち伏せすれば良かった。
俺は佳賀里を助けないと誓った昨日の自分を殴りたくなった。




