第9.5話 弥生の宝物
自宅に帰った弥生は靴を抜いで洗面台に向かった。長袖の白いワンピース姿の自分を鏡で眺めてから水道の蛇口を捻ると扉からひょこりと母親が覗き込んで来る。
「あらもう帰ってきたの? 彩芽君とのデートはどうだった?」
「別にデートじゃないよ。彩芽君のお母さんの墓参りに行っただけ」
手を洗い終わった弥生は母親に赤いバラが添えられていた状況を伝える。すごく綺麗だったなど興奮している弥生を見て母親は同じように笑った。
「まぁとにかく……弥生が彩芽君と仲直りが出来て良かったわ」
「別にケンカはしていないけど……」
「どうせ弥生が怒って彩芽君を困らせただけでしょ? わがままは女の特権だけどあんまりしつこいと彩芽君に嫌われても知らないよー?」
「怖い事を言わないでよお母さん!」
「ふふ。まぁ彩芽君が弥生を嫌うことなんてないから大丈夫でしょ。誓約書だってあるしー」
思い出し笑いをしながら母親は洗面台を後にする。
弥生は自分の部屋に戻って部屋着に着替えるとベッドの下から宝箱を取り出した。
小学生の時に母親からもらった小箱だ。海外で買った物らしく白い小箱の蓋の部分にはブランドのロゴが入っていた。
「懐かしいな。ふふ、可愛い字」
宝箱から取り出したのは一枚の用紙だった。用紙には大きくせいやくしょと平仮名で書かれていた。この誓約書は小学生の彩芽が弥生の父親に手渡した物だ。
弥生の父親は厳しく命令は絶対だった。幼い弥生も父親の意見には絶対に逆らえなかった。そんなある日、父親が弥生の友人関係に口を出した。
裕福ではない彩芽とは関わるなと弥生に命令したのだ。
母親も弥生も拒否したが父親は自分の意見を曲げなかった。本当は嫌だったが父親の意見に従うしかない。弥生は次の日に彩芽に泣きながらごめんねと謝った。
弥生の事情を知った彩芽は意外な行動を取った。
なんと弥生の父親に会って弥生と友達でいたいと訴えたのだ。
もちろん父親が許すはずがなく追い返された。すると次の日に誓約書を持って父親の前に現れた。
ぼくはやよいちゃんこまっていたらたすけます。べんきょうもいっしょうけんめいがんばります。だからともだちでいたいです。
誓約書を受け取らない父親は彩芽を決して友達と認めなかった。諦めない彩芽は三か月もの間、毎日仕事終わりの父親を待ち伏せて誓約書を突き出した。
さすがの父親もあまりにしつこい彩芽の熱意に折れる。父親は彩芽に成績が学年上位であり続けるのなら弥生の友達を名乗っていいと伝えてから誓約書を受け取ったのだった。
彩芽を条件付きではあるけれど弥生の友達として認めてくれた瞬間だった。
あれから彩芽は必ず学年上位の成績を維持している。そして誓約書通りに弥生が困っていたら必死になって助けてくれる。
この誓約書は弥生の大切な想い出であり、大切な宝物だった。




