第8話 お前じゃないと守れない
正月振りに日本に帰ってきた父さんと路上で向き合う。帰ってくるのは知っていたけど家に寄るなら事前に連絡をして欲しいものだ。報連相とは無縁な人種は困る。
父さんが突然現れるのは慣れているので驚きはしない。
俺は父さんにみすぼらしいスーツ姿なので俺の少ない服を持ってこようかと聞くと笑顔で遠慮された。息子の俺としては恥を晒すから遠慮して欲しくはないけども。
「彩芽は今から母さんに会いに行くのか?」
「そうだよ。父さんも墓参りに行くのなら一緒に行こうか? ただ、一緒に行くなら着替えて欲しいけど。あと、髪の毛を何とかして欲しいけど」
「俺はもう行ってきた。母さんは相変わらず美人だっだぞ。さすがは俺を認めてくれた人だ」
親指を立てて笑顔を見せる。本当に父さんは前向きで面白い人だ。母さんが死ぬ間際まで笑顔を崩さなかった。そして父さんが泣いている姿を見たのは母さんの葬式の後だけだ。父さんの涙を見たのはその日が最初で最後だった。
「今回は日本でゆっくり出来るのか?」
「いやー。もう帰る所だ。帰る前にお前の顔を見たくて寄っただけだ」
「愛依の顔は見て行かなくていいのか? まぁ引きこもり中だから顔を見るのはハードルが高いけど」
父さんも愛依が引きこもっているのは知っている。
俺の問いかけに父さんは腕を組んで間を空ける。どういう答えが返ってくるのかは読めない。父さんが何を言うかの未来は視えないからだ。
俺がこの世界で未来が視えない人間は父さん、愛依、弥生の三人だけだ。この三人と会話するのは実は楽しかったりする。
「……別にいいよ。愛依は俺の事を嫌っているからな。俺の稼ぎが悪かったせいで母さんが助からなかったって恨んでいるのは知っている。まぁ元気なら別にいいさ……愛依の事は頼む。お前じゃないと守れない」
父さんは険しい顔で見つめてくる。父さんにしては珍しい表情だった。
たしかに高額な手術代が支払えなかったのは事実だ。でも手術をしたとしても助かる見込みは高くなかった。母さんも高額なお金を支払ってまで長生きしたくないと言っていた。愛依は母さんがいなくなった辛さを父さんにぶつけているだけだ。
愛依も父さんを心から嫌ってはいないと思う。父さんも愛依を想っているので本心では会いたいのが顔に書いてあった。本当に嘘が下手な人だ。
二人の関係が戻るにはもうしばらく時間がかかりそうだった。俺として何とか仲直りして欲しいけどお互いの気持ちがすれ違っている状態では難しい。
「別にいいよ。愛依の事は任せてくれ」
「彩芽はシスコンだから頼りになるな。好きだからって愛依に悪戯するなよ? 愛依が成人になるまで待て。待つことも恋愛だ」
「おい」
「冗談だから怒るな。目つきの悪さが際立っているぞ?」
「はぁ……とりあえず帰るなら気を付けて帰れよな。ちなみに向こうで死んだりしたら愛依が許さないと思うから健康には気を付けろよ。あと、頼むから服ぐらい買ってくれ。そして髪も切ってくれ」
「そうだ。服で思い出したんだが彩芽に頼みごとがあるんだった」
「どうした? もしかして愛依に伝言か?」
「空港までの電車代を貸してくれ」
「おい」
すると父さんが空っぽの財布を広げて不敵に笑う。
「今の俺は昼飯代すら残っていない。どうだ? 凄いだろ?」
「はぁ……ある意味で凄いよ……大人とは思えない」
俺はなけなしのお金を父さんに渡す。父さんは百兆倍の利子を付けて返すと大嘘を付きながら去って行った。次はいつ帰って来るのか聞き忘れたが別にいいか。また忘れた頃にでも帰って来るだろう。何だか野良猫みたいな人だな。
父さんと別れた俺は隣の家の前に立つ。表札は水無月と書かれている。この立派な一軒家は弥生の家だった。チャイムを押すと弥生の母親が出てきてくれた。ただ、なぜか辺りを見回して不審そうな顔をしている。何かを警戒しているようだ。
「どうしましたか?」
聞いた瞬間に未来が視えた。どうやら俺の父さんを不審者と勘違いして警察を呼んだらしい。たしかにあの恰好なら疑われる。
「彩芽君大丈夫? さっきこの辺りで色黒の変質者がうろうろしていたのよ……」
「本当にすみませんでした」
息子である俺はご迷惑をお掛けしたお詫びに深くお辞儀した。
そして不審者が俺の父親なので許してあげて下さいとお願いしたのだった。




