第34話:クロスロードへの侵攻
闘技場を支配する、歪んだ勝利の空気。
宰相デューク・ゲルハルトは、暴走するミリアから抜き取った魔道具のコアを、まるで戦利品のように高々と掲げた。コアは彼の手に収まってもなお、禍々しい紫色の光を放ち、脈動を続けている。
「素晴らしい。実に素晴らしい魂の輝きだ。これこそ、我が一族が長年求め続けた、安定した力の源泉……!」
その恍惚とした表情に、私は言いようのない嫌悪感を覚えた。人の魂を、ただのエネルギー源としてしか見ていない。彼の目には、絶望する王子も、倒れ伏すミリアも、そして怒りに燃える私たちさえも、映ってなどいないのだ。
「さて、この力をお披露目せねばなるまい」
宰相はそう言うと、影の近衛兵の一人にコアを手渡した。近衛兵は、闘技場の中央に、あらかじめ設置されていたのであろう、黒曜石で作られた不気味な柱へとコアを嵌め込む。
「殿下。そして、『流星の剣』の英雄諸君。我が国が生まれ変わる、その瞬間を特等席で見せて進ぜよう」
宰相が手を掲げた瞬間、柱に嵌められたコアが、闘技場全体を震わせるほどの凄まじい魔力を放出し始めた。紫色の光が空に伸び、クロスロードの街全体を覆う、巨大な魔法陣を形成していく。
その時だった。
街の方角から、突如として無数の悲鳴と、建物が破壊される轟音が響き渡ってきたのだ。
「何だ!? 何が起こっている!」
ゴードンさんが叫ぶ。観客席の出口付近にいた冒険者たちが、絶望的な報告を叫んだ。
「街に……街に、兵士たちが! 騎士団の鎧を着た連中が、街を破壊し始めたぞ!」
「馬鹿な! なぜ自国の兵が!」
その言葉に、カインさんは歯噛みした。
「……そういうことか。街に駐留していた兵は、領主のものではない。初めから、こいつの私兵だったんだ」
宰相は、私たちの動揺を心底楽しむかのように、くつくつと笑い声を漏らした。
「いかにも。彼らもまた、ミリア君の『聖なる武具』を授けられた、哀れな子羊たちだ。そして今、この増幅装置によって、彼らの力は最大限に引き出された。もはや、彼らに理性はない。ただ破壊と殺戮を繰り返す、私の忠実なる人形よ」
街全体が、人質に取られた。
闘技場にいる人々は、自分たちの家が、家族が、今まさに蹂躙されていることを知り、絶望の声を上げる。
「ルシ! 行くぞ!」
カインさんが叫び、私たちは街へ戻ろうと駆け出した。
だが、私たちの行く手を、影の近衛兵たちが、鉄壁の陣形で阻む。
「無駄だ、英雄諸君」
宰相の冷酷な声が、響き渡った。
「君たちは、ここで見ているがいい。君たちが守ろうとした街が、愛する人々が、炎に包まれ、悲鳴の中に沈んでいく様をな。これこそが、旧体制の終わりを告げる、盛大な葬送曲なのだから」
闘技場の外から聞こえる悲鳴。
目の前に立ちはだかる、精鋭の近衛兵。
そして、その全てを嘲笑うかのように見下ろす、一人の男。
絶望。
その二文字が、闘技場を満たした全てだった。私たちの、そしてクロスロードの運命は、今や完全に、この男の掌の上にあった。




