第35話:絶望の中の決意
「街が……俺たちの街が……!」
観客席から、冒険者の一人が絶望に満ちた声を上げた。誰もが、闘技場から見える、街の方角から立ち上る黒煙を、信じられないといった表情で見つめている。悲鳴と破壊音は、もはや止む気配がなかった。
「くそっ、どけ! どきやがれぇぇっ!」
ゴードンさんが、闘技場の出口を塞ぐ影の近衛兵に向かって、怒りのままに斧を振りかぶる。しかし、近衛兵たちは鉄壁の陣形を崩さない。数人がかりで彼の猛攻を巧みにいなし、一歩も通すつもりはないという固い意志を示していた。
「ダメだ、ゴードン! こいつら、前の奴らとは練度が違う!」
リーシャさんも、冷静に敵の戦力を分析しながらも、その声には焦りの色が隠せない。彼女は、矢をつがえて脱出路を探すが、宰相の用意周到な包囲網の前に、有効な射線を見つけ出すことができずにいた。
絶望的な状況だった。
街は焼かれ、仲間たちは為す術なく、闘技場に閉じ込められている。
その全ての光景を、宰相デューク・ゲルハルトは、満足げな表情で高みから見下ろしていた。
私は、歯を食いしばり、震える拳を強く握りしめた。
脳裏に、この街で過ごした日々が蘇る。
日雇いの仕事で得たわずかな銅貨。ギルドの受付嬢との、ぎこちない会話。チンピラに絡まれた路地裏。そして、そんな私を見つけ出してくれた、カインさんの、仲間たちの顔。
失いたくない。
この場所を、この人たちとの絆を、こんな理不尽に奪われてたまるものか。
かつて追放された時のような、無力な絶望に、もう呑まれてはいられない。
この絶望的な状況の中で、私は静かに立ち上がった。
「ルシアーナ……?」
カインさんが、私の覚悟に気づき、名前を呼ぶ。
「私たちが、ここで諦めるわけにはいきません」
私の声は、震えていなかった。そこには、かつてないほどの強い意志が宿っているのを、自分でも感じていた。
「宰相の狙いは、私たちにこの惨状を見せつけ、心を折ること。そして、街が破壊され尽くした後に、私たちを始末し、全ての罪をなすりつけるつもりでしょう」
私は、絶望の淵で崩れ落ちているアルフレッド王子へと視線を移した。彼は、全ての真実を知り、ただ虚空を見つめているだけだ。
「アルフレッド様。あなたの罪は、決して消えません。ですが、このまま全てを終わらせて、本当にそれでいいのですか」
私の言葉に、王子の肩が、ぴくりと震えた。
そして、私は仲間たちへと向き直る。
カインさん、ゴードンさん、リーシャさん。三人が、私の言葉を、固唾を飲んで待っていた。
「私たちの力は、もう逃げるためのものでも、ただ自分たちを守るためだけのものでもありません」
私は、自分の胸に手を当てる。
「この街で出会った人々の想い、この街で育んだ私たちの絆、その全てが、今、私たちの力になるはずです」
私は、三人に、最後の戦いを挑むことを告げた。
絶望に立ち向かうための、最後の戦いを。
「やりましょう。私たちの、聖域を、この手で守るために」
私の瞳に宿った炎は、仲間の心にも伝播した。ゴードンさんの瞳に闘志が戻り、リーシャさんは力強く弓を握りしめる。
そして、カインさんは、私の隣に立つと、静かに、しかし力強く頷いた。
宰相が作り出した絶望の舞台で、私たちの、最後の反撃が始まろうとしていた。




