第30話:偽りの聖女 vs 追放された聖女
翌日、クロスロードの西に位置する闘技場跡は、異様な熱気に包まれていた。
かつて剣闘士たちが血を流したであろう円形のフィールド。その観客席は、歴史的な一戦を見届けようと集まった街の人々や冒険者で埋め尽くされている。
フィールドの中央で、私とミリアは静かに対峙していた。
陽光を浴びたミリアの純白のローブは、神々しいほどに輝いている。彼女の手には、まばゆい光を放つ豪奢な杖が握られていた。あれもまた『魂を喰らう魔道具』の一つだろう。彼女自身は、自分の力の源が何なのか、まだ気づいていないのかもしれない。その瞳には、不安と、そして私に対する強い敵意が浮かんでいた。
対する私は、いつもの冒険者としての動きやすい服装。武器も持たず、ただカインさんと視線を交わし、彼の存在を心の支えにしていた。彼はゴードンさん、リーシャさんと共に観客席の一角に陣取り、いつでも動けるように、しかし今は静かに戦いを見守ってくれている。
「――始めよ!」
アルフレッド王子が高らかに宣言したのを合図に、決闘の火蓋は切られた。
「聖なる光よ、偽りの者を討ち滅ぼしたまえ!」
先手を取ったのはミリアだった。彼女が杖を振りかざすと、魔道具の力が暴走に近い勢いで増幅され、凄まじい光の奔流となって私に襲いかかる。観客席から、驚きの声が上がった。あれが、救国の聖女の力かと。
私は派手な攻撃魔法は使わない。ただ、カインさんと心のリンクを繋ぎ、彼の揺るぎない信頼を力に変えながら、最小限の動きで光の矢を捌いていく。
【サンクチュアリ・フィールド】を発動し、防御壁を展開する。光の矢がぶつかるたびに、私の腕にビリビリとした衝撃が走る。彼女の魔道具に込められた力が、私の精神を直接削ろうとしてくるのが分かった。
「なぜ、避けるのです! あなたのその忌まわしい力で、反撃してきてはいかが!?」
ミリアが、苛立ったように叫ぶ。彼女は、私が圧倒的な力でねじ伏せられる様を演じるよう、言い含められているのだろう。
私は防御に徹しながら、彼女に静かに語りかけた。
「ミリアさん。その力は、本当にあなたのものですか?」
「何を……! これは、神が私に与えてくださった、聖なる力です!」
「では、なぜそんなに苦しそうな顔をしているのです? その力を使うたび、あなたの心は悲鳴を上げていませんか?」
私の言葉に、ミリアの顔がわずかに強張る。
「王子を、国を救うためです! そのためなら、この身がどうなろうと……!」
「誰かのために自分を犠牲にするのが、聖女の務めだと?」
その言葉は、かつての私自身に問いかけるようでもあった。
「あなたのその力は、誰かの魂を喰らっていませんか? あなた自身の魂も、その力によって少しずつ蝕まれているのではありませんか?」
図星だったのだろう。ミリアの瞳が、激しく揺れ動いた。
「黙りなさい! 黙りなさい! あなたのような偽物に、私の覚悟が分かってたまるものですか!」
彼女の感情の昂りに呼応するように、手にした杖から放たれる光が、制御を失って明滅し始める。魔道具が、彼女の精神的な不安定さを感知したのだ。
私は、この決闘に勝つつもりはない。彼女を打ち負かすことが目的ではないからだ。
私の目的は、彼女の魔道具に干渉し、その呪縛を解くこと。
私は、カインさんから流れ込んでくる力を借り、一歩前に踏み出した。そして、自分の能力を、これまでとは全く違う形で使う。
【サンクチュアリ・フィールド――魂の問いかけ】
私の力は、攻撃のためではなく、彼女の魂の奥深くに眠る「良心」に直接語りかけるために、優しい光の波となって広がった。
「思い出してください、ミリアさん。あなたが本当に願っていたことは何ですか? 誰かを傷つけるための力が、本当に欲しかったのですか?」
私の問いかけが、彼女の心の奥に届いた、その時だった。
「う……あ……ああああああっ!」
光に触れたミリアが、頭を抱えて絶叫した。彼女の身体から、聖なる光とは真逆の、どす黒い瘴気が溢れ出し始めた。
杖に宿っていた禁術の力が、持ち主の精神の揺らぎを感知し、ついに暴走を始めたのだ。
「ミリア!?」
事態の急変に、アルフレッド王子が動揺の声を上げる。
観客席も、聖女の突然の異変にパニックに陥り始めていた。
これこそが、宰相の、あるいは誰かの、本当の狙い。
この混乱。この隙を、彼らが見逃すはずがなかった。




