第29話:仕組まれた決闘
私の返答に、広場は異様な興奮と緊張に包まれた。
元婚約者である王子に断罪される、追放された聖女。
国を救うとされる、新たな聖女。
これ以上ないほど、扇情的で分かりやすい対立の構図。民衆が、冒険者たちが、固唾を飲んで私たちを見つめている。彼らの好奇の視線が、肌を刺すように痛かった。
アルフレッド様は、私の答えに満足げに頷くと、一方的に続けた。
「よかろう。決闘の場所は、明日、陽が最も高く昇る時刻に、この街の西にある古い闘技場跡で行う。領主には、すでに話を通してある。クロスロードの民よ、歴史の証人となるがいい!」
そう高らかに宣言すると、彼はもう私に見向きもせず、騎士団を率いて街の領主館へと向かっていった。残されたのは、騒然とする群衆と、冷たい怒りに満ちた私の仲間たち、そして呆然と立ち尽くす私だけだった。
「……ふざけやがって!」
最初に沈黙を破ったのは、ゴードンさんだった。彼は、王子たちが去った方を睨みつけ、握りしめた拳をわなわなと震わせている。
「あいつら、ルシがどれだけ苦しんできたか、何も知らねえで……。決闘だ? ただのリンチじゃねえか!」
「ええ、そうよ! あの騎士たち、全員まともな魔力じゃなかった。それに、あんな大勢の前で……あまりにもやり方が汚い……」
リーシャさんも、怒りで顔を赤くしている。
ギルドの中に戻っても、私たちを見る周囲の目は変わっていた。昨日までの親しげな視線は消え、好奇、同情、そして侮蔑が入り混じった複雑な眼差しが突き刺さる。
「ルシアーナ」
カインさんが、私の名前を呼んだ。私たちは、ギルドの隅にあるテーブルにつき、彼が声を潜めて話し始める。
「これは、罠だ」
「……はい」
「決闘そのものもそうだが、問題は場所だ。なぜ街中ではなく、わざわざ人目につきにくい闘技場跡を指定したのか」
彼の指摘は的を射ていた。見せしめが目的なら、この広場で行うのが一番効果的なはず。なのに、わざわざ離れた場所を選ぶのは不自然だ。
「おそらく、俺たちを誘い出し、まとめて始末するつもりだろう。決闘の裏で、別の部隊が動くに違いない」
カインさんの推測は、ほぼ間違いなく真実だろう。これは、決闘という名の、公開処刑であり、暗殺計画なのだ。
「だから、この話には乗るべきじゃない。今夜のうちに、この街を出よう。あんたを馬鹿にしやがった奴らのことなんざ、もう知ったこっちゃねえ」
ゴードンさんが、そう提案する。リーシャさんも、こくりと強く頷いた。
彼らの言葉は、心から私の身を案じてくれているのが分かり、胸が熱くなる。
追放された直後なら、きっと私も迷わず逃げていただろう。自分とはもう関係のない国の、身勝手な都合に付き合う義理などない、と。
でも、今は違う。
「……逃げません」
私は、首を横に振った。
「なぜだ! これはお前の命がかかってるんだぞ!」
「分かっています。でも、ここで逃げたら、私は本当に『国を乱した偽りの聖女』になってしまいます。そして、私を庇ってくれたカインさんたちの名誉まで、地に落ちてしまう」
それに、と私は続けた。
「アルフレッド様は、おそらく宰相に利用されているだけ。そして、ミリアも……。彼女が使っているのは、自分や周りの人間の魂を喰らう、禁術の魔道具です。このままでは、彼女自身が壊れてしまう。あの人の目を覚まさせ、ミリアを救うためにも……私は、この決闘から逃げるわけにはいかないんです」
これは、私にしかできない戦いだ。私がこの国に、そして自分自身の過去に、決着をつけるための。
私の固い決意に、仲間たちは言葉を失った。ゴードンさんは悔しそうに歯噛みし、リーシャさんは不安げに唇を噛む。
やがて、カインさんが静かに口を開いた。
「……分かった」
彼は、私の覚悟を受け入れてくれた。そして、私の手を、テーブルの下で強く握りしめた。
「ならば、俺たちも共に行く。決闘がお前の役目なら、その裏でうごめくドブネズミを叩き潰すのが、俺たちの役目だ」
彼の温かく、力強い手に、私は静かに頷き返す。
「お前は、一人じゃない」
その言葉だけで、十分だった。
たとえ、世界中が私を偽りの聖女だと罵ろうとも。
私の隣には、私の真実を信じてくれる仲間たちがいる。
明日の決戦に向けて、私たちは静かに、しかし燃えるような闘志を胸に、宿屋へと戻っていった。空には、不吉なほどに赤い月が浮かんでいた。




