第28話:クロスロードへの来訪
クロスロードの日常は、穏やかに過ぎていくはずだった。
その日、私たちはギルドで次の依頼を選んでいた。Cランクの依頼にもすっかり慣れ、ゴードンさんは「次はオーガ三兄弟でも討伐に行くか!」などと軽口を叩いている。そんな平和な空気を切り裂くように、街の入り口の方角から、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
「何の音だ?」
「魔物の襲撃か!? いや、それにしては……」
ギルドにいた冒険者たちが、武器を手に騒然となる。私もカインさんと顔を見合わせ、警戒を強めた。
やがて、一人の衛兵が、血相を変えてギルドに駆け込んできた。
「大、大変だ! 王都から、アルフレッド王子殿下がお見えになった!」
その名を聞いた瞬間、私の心臓は氷水で冷やされたかのように、どくんと大きく脈打った。
アルフレッド様が、なぜ、こんな辺境の街に?
彼が現れたのは、ギルド前の広場だった。
先頭に立つのは、王家の紋章を刻んだ純白の鎧を身に纏い、白馬に跨ったアルフレッド王子。その隣には、純白のローブをまとった聖女ミリアが、不安げな表情で寄り添っている。そして、彼らの背後には、異様なまでに覇気に満ちた、三十名ほどの精鋭騎士団が整然と列をなしていた。
彼らの装備を見て、私は息を呑んだ。鎧も、剣も、槍も、全てが尋常ではない魔力を放っている。あれが、噂の『聖なる武具』――いいや、『魂を喰らう魔道具』だ。
「クロスロードの民よ! そして、勇敢なる冒険者たちよ!」
アルフレッド王子は、馬上で朗々と声を張り上げた。
「昨今、国を揺るがす災いの元凶を討つべく、私は聖女ミリア様と共に、この地へ参った!」
彼の言葉に、事情を知らない街の人々や冒険者たちが、期待に満ちたどよめきを上げる。
私たちは、その輪から少し離れた場所で、ただ事の成り行きを見守っていた。
「どういうことだ……。何が狙いだ?」
カインさんが、低い声で呟く。私も同じ疑問を抱いていた。これは、ただの表敬訪問などではない。明らかに、何か目的があってのことだ。
そして、その目的は、すぐに明らかになった。
広場の人々をぐるりと見渡したアルフレッド王子の視線が、やがて、一点に――まっすぐに、私に突き刺さった。
その目は、かつての憎悪に満ちた目ではなかった。より冷たく、より硬質な、罪人を断罪するためだけの、無感情な光を宿していた。
「――そこにいるな、ルシアーナ・フォン・ヴァインベルク!」
王子は、私の名を大声で呼んだ。私の本当の名を。
周囲の冒険者たちが、驚きと好奇の目で一斉に私を振り返る。彼らにとって、私が「あの『呪われた偽物』と噂の元聖女」であると、初めて知った瞬間だった。
アルフレッド王子は、まるで舞台役者のように、芝居がかった仕草で馬から下りると、群衆をかき分け、まっすぐに私の元へと歩いてくる。
彼の後ろから、ミリアも不安そうな足取りでついてきた。
やがて、彼は私の目の前で足を止め、広場にいる全ての者に聞こえるように、高らかに宣言した。
「国を乱す偽りの聖女よ! 貴様の悪事も、ここまでだ!」
「……何のことですの?」
私は、平静を装って問い返すのが精一杯だった。
「とぼけるな! 貴様が、その呪われた力で王国の騎士たちから力を奪い、国を傾けていることは、すでに分かっている!」
根も葉もない、あまりにも馬鹿げた言い分。だが、彼の目は本気だった。いや、本気でそう信じ込もうとしている、狂信者の目だった。
「その罪を償う機会をやろう。この場で、真の聖女であるミリアと決闘せよ!」
決闘。
その言葉に、ギルド前は水を打ったように静まり返る。
「もし貴様が勝てば、全ての罪を許そう。だが、もし敗れれば……貴様を国賊として、この場で処刑する!」
そういうことか。
これは、私を公衆の面前で打ち負かし、その名声を地に落とすための、ショーなのだ。宰相が、あるいは、彼自身が描いた、完璧な筋書きの。
私の隣で、ゴードンさんとリーシャさんが、怒りに拳を震わせている。カインさんは、いつでも剣を抜けるように、静かに、しかし確かな殺気を放っていた。
だが、彼らが動くより先に、私は一歩、前に出た。
この茶番を、受けて立とう。
ここで逃げれば、私は本当に、彼らが作り上げた「悪女」になってしまう。
そして何より、アルフレッド様の目を覚まさせ、利用されているミリアを救うには、これ以外の道はない。
「……分かりましたわ」
私は、かつての公爵令嬢のように、優雅に、しかし、決して折れない意志を込めて、背筋を伸ばした。
「その挑戦、お受けいたします」
私の返答に、アルフレッド王子は満足げに、そして冷たく、微笑んだ。
それは、私たちと、私を追放した王国の、決別の始まりを告げる、歪んだ笑みだった。




