第26話:黒幕の目的
王都アールクヴィスト。宰相デューク・ゲルハルトの執務室は、夜の闇に沈んでいた。窓の外で響く「救国の聖女」を讃える民衆の声も、分厚い壁とカーテンに阻まれ、この部屋には届かない。
「――以上が、『流星の剣』に関する調査報告となります」
影の中から現れた側近が、深々と頭を下げた。彼は、宰相が抱える影の実行部隊の一人だ。
「ほう、『流星の剣』、か。ずいぶんと大層な名前がついたものだな」
宰相は、手にしていた報告書を燃え盛る暖炉へと投げ入れた。紙は一瞬で炎に呑まれ、灰となって消える。まるで、そこに書かれた者たちの運命を暗示するかのように。
「追放した公爵令嬢が、辺境でゴミのように死なず、逆に力をつけているとは……予想外の拾い物だったな」
「はっ。我らの計画にとって、障害となり得るでしょうか?」
側近の問いに、宰相は静かに首を振った。その顔に浮かんでいるのは、余裕の笑みだ。
「いや、むしろ好都合だ。ただの駒だったアルフレッド王子に、より強い『動機』を与えることができる」
宰相は椅子から立ち上がると、壁にかけられた古いタペストリーの前に立った。そこに描かれているのは、王家の紋章の裏に、蛇のように絡みつく、もう一つの紋章。彼の家系、ゲルハルト家のものだった。
「我がゲルハルト家は、代々、感情的で理想論に走りやすい王家の影として、この国を支えてきた。時に汚れ仕事を請け負い、時に非情な策を弄してな」
彼の声には、抑揚のない、冷たい響きがあった。
「あの忌まわしき『支援聖女』の力もそうだ。個人の感情や体調で左右される、あまりにも不安定な『装置』。それを、ただ血筋というだけで王家が独占し、国の根幹を揺るがしてきた。私の姉も……その不安定な力の犠牲となった」
彼の瞳に、初めて暗い炎が宿る。それは、数十年前に支援聖女の力の暴走に巻き込まれて命を落とした、彼の唯一の肉親への、決して消えることのない執念の炎だった。
「私の目的は、この国を、より合理的で、強力な中央集権体制へと作り変えること。そのためには、支援聖女の力を、個人の意思から完全に切り離し、我らの一族が管理する、完璧にコントロール可能な『統治システム』として完成させねばならんのだ」
彼は、暖炉の前に戻り、揺らめく炎を見つめた。
「その為の、布石は打った。意図的に騎士団を弱体化させ、隣国との緊張を高める。戦争の危機が迫れば、民衆は強力な指導者と分かりやすい『奇跡』を求めるものだ」
彼は、まるで舞台の筋書きを語る劇作家のように続けた。
「英雄となるべき王子アルフレッドと、救国の聖女たるミリア。二人の駒は揃った。ミリアが使う魔道具は、騎士たちの魂を喰らって輝く。なんと素晴らしい。魂さえ捧げれば、誰でも英雄になれるのだからな」
「しかし、宰相様。ルシアーナ・フォン・ヴァインベルクは、どうされますか? 彼女の力は、我々が管理するにはあまりにも自我が強すぎます」
「ああ、そうだ。あれはシステムのバグであり、致命的なウイルスだ。だからこそ、駆除せねばならん」
宰相の唇が、三日月のように歪んだ。
「彼女には、『本物の悪女』として、最後の舞台に上がってもらおう。王子が自らの手で、過去の過ちの象徴である偽りの聖女を討ち滅ぼす。これ以上の英雄譚があるかね?」
宰相にとって、ルシアーナの存在は、計画をより完璧に仕上げるための、スパイスに過ぎなかった。彼女がどれだけ成長しようと、国という巨大な力の前に、一個人の力など無に等しい。彼はそう、確信していた。
「王子に、ルシアーナの討伐を唆せ。舞台は、あの辺境都市クロスロードだ。丁度いい、我々の力を示す、見せしめの場となろう」
非情な命令が、静かな執務室に響き渡った。
それは、私たちが築き上げてきたささやかな日常を、根こそぎ破壊するための、破滅の序曲だった。




