第25話:禁術の正体
王都で渦巻く陰謀など知る由もない私たちは、相変わらずクロスロードで穏やかな日々を送っていた。ギルドの依頼をこなし、仲間たちと笑い合う。それが、私の世界のすべてだった。
しかし、その平穏な日常に、王都からの黒い影が、ついに直接的な形で忍び寄ってきた。
その日、ギルドの酒場が妙にざわついていた。冒険者たちが、店の隅の一角を遠巻きにしながら、ひそひそと噂話をしている。その中心にいたのは、見るからに落ちぶれた、一人の男だった。
身につけている鎧はところどころ破損しているが、その意匠は紛れもなく、アールクヴィスト王国の騎士団のものだった。しかし、今の彼に騎士としての威厳はない。焦点の合わない虚ろな目でテーブルを見つめ、酒を飲むでもなく、ただ力なく座っているだけ。その顔色は土気色で、ひどく消耗しているのが見て取れた。
「おい、あれ、王都から逃げてきた騎士らしいぜ」
「ミリア様の『聖なる武具』を授かった英雄の一人だって話だが……とてもそうは見えねえな」
「武具の力が切れると、ああなっちまうのかね。気味が悪い……」
冒険者たちの囁きが、私の耳に届く。私の胸に、あの日の嫌な予感が再び蘇った。
その時だった。
男は、がたり、と音を立てて椅子から立ち上がろうとし、そのまま足をもたつかせて床に崩れ落ちた。周囲の冒P険者たちは、気味悪がって誰も助けようとしない。
見かねたゴードンさんが、大きなため息をつきながら立ち上がった。
「ちっ、放っとけねえだろうが。おい、あんた、大丈夫か!」
私たちもゴードンさんに続き、その元騎士のそばに駆け寄った。
「……う……ぁ……」
男は何かを言おうとするが、もうろくに言葉も発せないようだ。
私は彼の身体を支えようと、その鎧に触れた。
瞬間――
「……っ!」
まるで静電気のような、しかしもっと邪悪で冷たい何かが、私の指先から体内に流れ込んでくるのを感じた。それは、私が今まで経験したどんな負の感情とも違う、魂そのものを削り取るような、おぞましい感覚だった。
「ルシアーナ、どうした!?」
カインさんが私の顔色の変化に気づき、鋭く声をかける。
「……いえ。この人の鎧、少し見てもいいですか?」
私は彼の許可を得て、元騎士の胸当てに残っていた微かな魔力に、意識を集中させた。自分の能力を、鑑定のように使う。
――あなたに宿る記憶を、見せて。
すると、私の脳裏に、断片的なイメージが洪水のように流れ込んできた。
凄まじい高揚感。漲る力。敵を圧倒する全能感。
だが、その光の裏側には、底なしの闇が広がっていた。
自分の命を、魂を、未来を、全て前借りして、刹那的な力に変換している感覚。
その力の根源にあるのは、聖なる祈りなどではない。
持ち主の生命力を燃料にして輝く、あまりにも身勝手で、悪質な――古代の禁術の痕跡だった。
「……魂を喰らう魔道具……」
私の唇から、戦慄に染まった言葉が漏れた。
聖なる武具などではない。あれは、使用者を内側から食い尽くし、やがては廃人にしてしまう、呪われた魔道具そのものだ。
「どういうことだ、ルシアーナ?」
カインさんが、私の言葉の意味を問い質す。
「ミリアが創ったという武具は、奇跡のアイテムなどではありません。あれは、使用者の魂そのものを喰らって、一時的に力を増幅させる、禁術でできた魔道具です」
私の説明に、ゴードンさんもリーシャさんも息を呑んだ。
王都で、とんでもなく恐ろしいことが起きている。
一人の少女を「救国の聖女」に祭り上げ、その裏で、国の守り手であるはずの騎士たちを、使い捨ての道具のように消費しているのだ。
これが、ミリア自身の意思なのか、それとも、彼女を利用している黒幕がいるのか。
いずれにせよ、事態は私が想像していた以上に深刻だった。
追放された私には、もう関係のないことのはず。
なのに、どうしようもなく胸がざわつく。
アールクヴィスト王国という、私が捨てたはずの故郷が、今、静かに、しかし確実に、破滅への道を歩み始めていることを、私は確信せざるを得なかった。




