第24話:宰相の暗躍と、王子の焦り
月の光が差し込む、アールクヴィスト王城の一室。
豪華な装飾が施された部屋の中央で、第二王子アルフレッドは、忌々しげにテーブルの上の報告書を睨みつけていた。
「またしても、東の国境で敗退か……。我が国の騎士団は何をしている!」
苛立ちを隠せない彼の声に、静かに答える影が一つ。
「王子殿下、お気を静かになさってください。長きにわたる平和が、騎士たちの牙を少し鈍らせたのでございましょう」
優雅な物腰で立つその男は、この国の宰相、デューク・ゲルハルト。柔和な笑みを浮かべた、初老の紳士だ。
「しかし、これもまた、仕方のないこと。あの『呪われた力』を持つルシアーナ嬢がいた頃は、騎士たちの気力は常に吸い取られ、士気は低下しておりました。殿下のご英断により彼女が去った今、真の聖女ミリア様が、その輝かしい力を開花させる時が来たのです」
宰相の言葉は、蜜のように甘く、王子の傷つきやすい自尊心を巧みにくすぐる。
アルフレッドは、宰相の言葉にわずかに気を良くしたものの、眉間の皺は消えない。
「……ミリアの武具は、確かに奇跡を起こしている。だが、宰相。あの武具を授けられた騎士たちの様子が、どうもおかしいのだ」
「と、仰いますと?」
「戦闘後の消耗が、異常に激しい。それに……何人かの騎士は、人格が変わったかのように暴力的になり、些細なことで仲間と争うようになった。先日も、騎士の一人が些細な口論から同僚に重傷を負わせる事件があったばかりだ」
アルフレッドの脳裏には、武具を授けられた騎士の、獲物を求める獣のような血走った目が焼き付いていた。あれは、国を守る聖騎士の目ではない。
宰相は、表情一つ変えずに答える。
「それは、有り余るほどの聖なる力が、彼らの肉体にまだ馴染んでいないだけでございましょう。偉大な力には、多少の順応期間が必要なもの。それよりも王子殿下、民衆の声をお聞きください」
彼は窓の外を指し示す。王城の前には、昼夜を問わず、聖女ミリアを讃える民衆が集まっていた。
「『救国の聖女、ミリア様万歳!』『ミリア様こそ、真の聖女!』……彼らの声こそが、真実。ミリア様と、そして彼女を見出された王子殿下こそが、この国の希望なのです」
その言葉に、アルフレッドはぐっと唇を噛み締めた。
そうだ、自分が間違っているはずがない。
ルシアーナを追放した、あの日。私は、母を苦しめたあの忌まわしい呪いの連鎖を断ち切り、国を救うための決断を下したのだ。
ここでミリアの力に疑問を呈することは、自らの正義を、その全てを否定することに繋がる。それだけは、絶対にできない。
「……わかっている」
アルフレッドは、自らの焦りと不安に蓋をするように、そう答えるのが精一杯だった。
民衆を扇動し、ミリアを英雄に祭り上げる計画は、もう止められないところまで進んでしまっている。今さら、後には引けないのだ。
彼は、ミリアの武具を手に、次なる戦果を上げることでしか、自らの正しさを証明する術を持たなかった。
「ご安心ください、王子殿下。全ては、我が身に代えても、この国のために」
深く頭を下げる宰相。その顔に浮かんだ、一瞬の冷たい笑みを、追い詰められたアルフレДッド王子が見ることはなかった。
宰相は、王子の焦りを、まるで熟した果実を味わうかのように楽しんでいた。
計画は、順調だ。
あとは、この愚かで気高い王子が、自らの手で国を崖っぷちまで追い込んでくれるのを待つばかり。
そして、かつて追放したはずの、予想外の光を放ち始めた『偽りの聖女』という駒を、どう始末するか。
宰相の思考は、すでに次の、より非情な一手へと移っていた。




