第23話:不穏な噂と、聖女の武具
あれから、一ヶ月が過ぎた。
かつて『赤錆の剣』と呼ばれていた私たちのパーティーは、今やクロスロードのギルドでその名を知らない者はいない存在となっていた。
「よぉ、『流星の剣』! またCランク依頼を片付けてきたのか。大したもんだぜ!」
ギルドで依頼完了の報告をすると、カウンターの向こうで順番を待っていた屈強な冒険者が、親しげに声をかけてくる。ゴードンさんは「まあな!」と自慢げに胸を張り、リーシャさんは慣れた様子で軽く会釈を返した。
オーガ・リーダーの一件以来、私たちは破竹の勢いで依頼をこなしていった。
トラウマから解放されたゴードンさんの斧は、まさに鉄壁の防御と豪快な一撃を両立するパーティーの要だ。リーシャさんの矢は、一点の迷いもなく的確に敵の急所を射抜き、何度も私たちの窮地を救ってくれた。
そして、私とカインさんが手を繋いで力を「分かち合う」ことで発動する【サンクチュアリ・フィールド】は、パーティー全体の能力を飛躍的に高め、どんな強敵が相手でも揺るがぬ安定感をもたらしていた。
私も、もう日雇いの雑用で稼ぐ必要はなく、パーティーの一員として堂々と胸を張ってギルドを歩けるようになった。自分の力を恐れることも、悪夢にうなされることもなくなった。隣には、私の全てを受け止め、「聖域になる」と誓ってくれた、不器用で、けれど誰よりも優しい剣士がいるのだから。
この平穏で、満ち足りた日々が、ずっと続けばいい。私は心からそう願っていた。
その日の夕食も、私たちはギルドに併設された酒場でテーブルを囲んでいた。
ゴードンさんがつまらない冗談を言ってはリーシャさんに軽く睨まれ、私が思わず笑ってしまう。そんな、いつもの光景。しかし、その夜の酒場は、どこか不穏な空気でざわついていた。
「おい、聞いたか? 最近、東の国境あたりがやけにきな臭いらしいぜ」
隣のテーブルで飲んでいた、行商人風の男たちの会話が、ふと耳に入ってきた。
「ああ。アールクヴィスト王国の騎士団が、隣国との小競り合いで立て続けに負けてるって話だ」
「騎士団の士気もガタ落ちで、魔物の討伐も失敗続きだとか。一体どうしちまったんだか」
アールクヴィスト王国――私が生まれ、そして追放された国の名。
その単語に、私の背筋がかすかに強張ったのを、カインさんは見逃さなかったようだ。彼はテーブルの下で、そっと私の手を握ってくれた。「大丈夫だ」と、その温もりが伝えてくれる。私は小さく頷き返し、努めて平静を装った。
私にはもう、関係のない国のことだ。そう、自分に言い聞かせる。
しかし、行商人たちの会話は続いた。
「だがよ、そんな絶望的な状況で、希望の光もあるらしいじゃねえか」
「おお、あの噂か! 聖女ミリア様の話だな!」
ミリア――その名を聞いた瞬間、私の心臓がどきり、と嫌な音を立てた。
私が追放されるきっかけとなった、あの少女。
「なんでも、ミリア様が神の啓示を受けて、『聖なる武具』ってやつを創り始めたらしいんだ。その武具を身につけた兵士は、一時的に超人的な力を発揮して、一人で一個小隊を壊滅させたって話だぜ!」
「まさに奇跡だな! 今や王都じゃ『救国の聖女』って呼ばれて、民衆から熱狂的な支持を集めてるらしい」
「それに引き換え、前にいた公爵家の聖女様は『呪われた偽物』だったって話だしな。国も、ようやく本物を得て落ち着くってもんさ。がはは!」
男たちの下品な笑い声が、酒場に響く。
ゴードンさんが「てめえら……」と憤然と立ち上がりかけたのを、カインさんが目で制した。
私の心は、平静ではいられなかった。
怒りや嫉妬ではない。もっと深く、得体の知れない嫌な予感が、胸の奥で渦巻いていた。
『聖なる武具』。
アイテム創造の能力を持つ私だからこそ、分かる。素材に宿る想いや、作り手の願いを込めて武具を創るという行為が、どれほど繊細で、膨大な精神力を要する作業であるか。
それを、量産して兵士に分け与える? 身につけただけで、超人的な力を発揮する?
そんなことが、果たして可能なのだろうか。もし可能だとして、それには一体、どれほどの「代償」が必要になるというのか。
それは、あまりにも都合が良すぎる、危険な奇跡に思えた。
「……ルシアーナ?」
カインさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「いえ……なんでもありません。もう、私には関係のないことですから」
私は、無理に笑顔を作って見せた。
そうだ。関係ない。あの国がどうなろうと、ミリアがどうなろうと、私の知ったことではない。
今の私の居場所は、私の聖域は、ここにあるのだから。
しかし、心のどこかで警鐘が鳴り響いていた。
王国の不穏な影は、遠い異国の噂話では終わらない。それはやがて、私たちのこのささやかな平穏をも脅かす、巨大な嵐の前触れに過ぎないことを、私はまだ知らなかった。




