第九話 一匹狼の隣
マトラトは翡翠の隣の部屋の自室に戻った。
部屋には仕事机の他に、沢山の洋服がいくつもの洋服ラックにかかっていた。
マトラトはそこを通り過ぎ、隣のプライベート空間の部屋に向かった。
その部屋には、ブレスレットやピアスなどのアクセサリーが沢山あり、ベッドの近くにドレッサーがあった。
部屋の奥の簡易キッチンに行くと、シンクが洗い物で溢れていた。
「おや、これは。一苦労ですね」
フクロウはマトラトの肩から飛び立ち、作業台にかけられていたマトラトのエプロンを掴んだ。
「一苦労どころじゃないっすよ。あんな特急でプリン作ったのは初っす。おかげで片付けまで時間なかったっす」
マトラトはくたびれた顔をしながら、フクロウの補助でエプロンを付けた。
「お疲れ様です。マトラト。翡翠の大好物のプリンを作って上司を労うなんて、粋な働きをしますね」
フクロウは、クスクスと笑いながら蛇口の水を出した。
「まぁ、翡翠先輩は一人なんで。側にいる俺くらいは、ね?」
マトラトはおどけてウインクをし、洗い物を始めた。
「粗暴で横暴で、図体だけではなく態度も大きく、おまけに幹部という威厳もある。周囲の幹部以下の下の者達が恐怖を感じて離れて行くのも当たり前ですね」
フクロウは四本に別れた尾を長く伸ばし、洗い終わったボールを掴み、布巾を魔法で操りながら吹き上げた。
「そのくせ本人は人間臭い絆や信頼を得たいと思っているっす。気持ちと行動が合ってないんっすよ」
「彼、とことん不器用ですから」
フクロウは吹き上げ後のボールを棚にしまった。
「不器用で寂しがり屋で、情熱があって人間臭いことが好きなのに、表では恥ずかしがって粗暴になるっす」
マトラトはやれやれとため息をついた。
「面倒臭い人ですよね」
フクロウもやれやれと頭を振った。
「激しく面倒臭いっす。絆や信頼、優しさを貰いなれていなくて、傷を隠すし、照れるし、俺がこういう事しても照れて素直に受け取れないっす。素直さがないんっすよ」
マトラトは心底呆れた顔をした。
「大分ひねくれてますよね、彼」
「ひねくれすぎっす。そこを知ってか知らずか幹部連中も、使い魔達も容赦なくいじるっす」
マトラトは今日の会議を思い出し、手を止めた。
「でもさぁ、最近の実行班って、正直弱いよねぇ〜」
会議室でマトラトの隣に座るドワーフのルーシャが、爪やすりで爪を整えながら呟いた。
「具体的には?」
オリスが尋ねる。
「攻撃力自体も弱いけどぉ〜」
ルーシャは爪を光にかざし、確認しながら呟いた。
「判断が遅い」
その言葉に、つまらないものを見るような見下す目をした。
「力が足りてないなら、模擬戦を数多く組ませればいいんですよ。それで攻撃力、判断力、瞬発力、全て補えます」
ルーシャの隣に座る、切れ長の目をしたデルモンドがニンマリと勝ち誇った顔をした。
「言うねぇ、期待の新星君。でも、指導者は誰がやるんだ?お前が買って出てくれんのかよ?」
翡翠は煽る瞳で嫌らしく聞いた。
「ちょっと先輩。そうやってすぐ突っかからないで下さいっす」
マトラトはため息を吐いた。
翡翠はふんっとそっぽを向いた。
「いいえ、優秀な先輩方を差し置いて、新人の僕なんかが恐れ多いです」
デルモンドは切れ長の目を細め笑った。
「ほら見ろ、マトラト。新人君には荷が重いってよ!下を育てられねぇみてぇだ!」
翡翠は馬鹿にしたように面白がって叫んだ。
「さっき先輩も育てられないみたいな事言ってなかったっすか?」
マトラトは呆れた顔をした。
「俺は育てられないんじゃなくて、やらないの。めんどくせぇから。それにちゃんとマトラト育ててんじゃん」
翡翠はドヤ顔で胸を張った。
「えー、あんまり育てられてる感じないっすけどね。それに突っかかるのやめた方がいいっすよ。格下に思われるっす」
マトラトはげんなりし、肩を落とした。
「なんだと!?」
翡翠はマトラトの胸倉を掴み、マトラトを椅子から少し浮かせた。
その時、デルモンドのわざとらしい笑い声が会議室に響いた。
翡翠とマトラトはデルモンドの方を見た。
他の幹部は興味なさそうに自分の事をしたり、静かに座っていた。
「確かに、ご名答。あんまり吠えると格下に思えます。一つ幹部の椅子を喰ってしまいましょうか、翡翠先輩」
デルモンドはニヤリと口角を上げた。
その一言で、会議室の空気が変わった。
それぞれ思い思いの作業をしているのに、耳と神経だけは翡翠とデルモンドの次の言葉に向けられていた。
翡翠はマトラトを離した。
マトラトは緊張した面持ちで翡翠を見つめながら、服を整えた。
翡翠は気に食わなさそうに、デルモンドを鋭い目付きで見つめた。
オリスが目だけを動かして、翡翠とデルモンドを交互に見つめ、軽くため息を吐いた。
「デルモンド、幹部に上がれて嬉しいのは分かりますが、発言にはご注意を」
オリスが視線だけをデルモンドに向けた。
「はーい。すみません、翡翠先輩。僕の失言だったようです」
デルモンドは白々しく答え、挑発的な目を翡翠に向けた。
翡翠は顔をピキッとさせながらも、デルモンドから目を背けるようにそっぽを向いた。
マトラトは緊張を解き、疲れた顔をしながら、オリスに頭を下げた。
(こういう時に突っかからないのは大人なんっすけど…)
「確かに、本日もデルモンドやオウムは絶好調でしたね」
フクロウは思い出し、クスッと笑った。
「まぁ、翡翠も本気で怒ってないっすし、いじられることで仲間とのじゃれ合いを感じて逆にちょっと嬉しがってるっす。デルモンドには本気で苛立ってたっすけどね~」
マトラトは洗い物を再開した。
「本人は認めないでしょうが、満更でもない感じしてますものね」
「翡翠先輩は寂しがり屋の一匹狼なんっすよ。でも俺は、あの面倒臭いひねくれたステータスも嫌いじゃないっす。寧ろ裏で実はって寂しがってもじもじしてるのがギャップがあって可愛いっす」
マトラトは深く何度も頷いた。
「だから上下関係以前に逃げないと?」
「そうっすね。翡翠先輩は嫌いじゃないっす。寧ろ好きな方なので側にいるっす。嫌いだったら上に掛け合って上下関係解消してるっす。俺の方が組織在籍期間は長いんすから」
マトラトは全ての洗い物を終え、フクロウから吹き上げた食器を受け取り、棚にしまった。
「そうですね。幹部になるのが翡翠の方が早かっただけで、下積みはマトラトの方が長いですからね」
「ま、それだけ戦闘センスや実力が桁違いだったんっす。そこは翡翠先輩の実力として認めてるし、尊敬してるっす。だから今下について、技術を盗もうとしてるんす」
マトラトの声には、強い意思が込められていた。
「マトラトは観察得意ですものね」
「元旅芸人一座の息子を舐めないで欲しいっす」
マトラトはキリッとした目をフクロウに向けた。
「そうでした。女形も経験されたとか。実際に舞台で拝見してみたかったですね」
フクロウはマトラトの肩に乗った。
「てか、幹部に一匹狼多くないっすか?」
マトラトはエプロンを外し、布巾と一緒に洗濯に持って行った。
「翡翠とギンですね」
フクロウはふふっと笑った。
「五年前はリューイン先輩のおかげで脱一匹狼みたいになれてたのに、逆戻りっす」
マトラトはドシッとソファーに座り、背もたれに背を預け、天井を見上げた。
「ギンも惜しい人を失くしましたね」
フクロウも一緒に天井を見上げた。
「まぁ、候補生のシルハが付いたから、今後どうなるのか見物っすね」
マトラトは軽くニッと口角を上げた。
「お得意の人間観察ですね」
フクロウはマトラトを見て微笑んだ。




