第八話 円卓
オリスは昼から、オウムと共に会議に出席していた。
会議にはそれぞれの使い魔を連れた幹部八人が、円卓を囲んでいた。
「今朝の交渉については資料の通りです。政府の返答待ちになりました」
オリスが作成した資料を、幹部は使い魔達と確認した。
「あの気高いエルフを敵に回して、困るのは人間だと言うのに。人間も愚かだな」
ダークアッシュの髪色をしたドワーフのユグロが、太い腕を組んでぼやいた。
「特に政府には、聡明な頭がいないようだな」
ユグロの肩に止まる使い魔の鷹が見下した。
「その間に他の任務をこなしつつ、実行班のレベル上げを図りましょう」
オリスは話を進めた。
「レベル上げねぇ。実践が足りてねぇんだよ!」
机に足をあげ、頭の後ろに腕を回している翡翠が吐き捨てた。
「昨日の実行班を見て、ギンはどう思われましたか?」
オリスは翡翠の言葉を無視し、ギンに視線を向けた。
ギンは一瞬、オリスに視線を向けたあと、すぐに視線を書類に戻した。
「"実践慣れ"というより、想定のシミュレーションが足りてない」
ギンは昨夜の実行班を思い返した。
想定と対象が違った。
想定と役割が違った。
想定と抵抗が違った。
違ってからの選択や動きが悪い。
「そうですね。私もそう思います。彼等にはあらゆる想定を視野に入れて動くという事が足りていません」
オリスは賛同しながら、メモを取った。
「けっ!暇だねぇ、そんなに下の育成考えて楽しいかよ」
翡翠は嫌そうな顔をオリスに向けた。
「その下が育てば、不要な尻拭いも減り、ワシ等が楽になるのだよ。聞けば、昨日の任務でも取りこぼしが起き、尻拭いをしたとか」
オリスの隣に座るユグロが、円卓の向かいに座る翡翠を見た。
「尻拭い、尻拭い。実行班、ロレンツ見失う」
オリスの肩に止まるオウムが、声高らかに言った。
「黙れ!ちゃんと仕留めただろ!?」
翡翠は背もたれから身体を起こし、オウムを睨んだ。
「でも、それは姐さん達の足止めがあったおかげだしー?」
翡翠の二個隣の机にいる使い魔のリスが勝ち誇った顔を向けた。
「想定不足、想定不足。翡翠、腹殴られ、あー絶体絶命!」
オウムは芝居劇のように読み上げ、片翼で顔を覆い上を見上げた。
「黙れよ、この鳥!羽全部むしるぞ!」
翡翠は足を降ろし、わなわなと拳を握り締めた。
「姐さん達の功績もありますが、翡翠は負傷しながら頑張りましたよ!」
翡翠の隣に控えていた大型犬が机に前足をかけて顔を出した。
「翡翠先輩、喰らっただけじゃなくて負傷したんすか?珍しぃ~」
翡翠の隣にいたマトラトがニヤニヤした顔を向けた。
「おい…」
翡翠はマトラトと翡翠の席の間にいる大型犬を睨んだ。
「あ…」
大型犬は青ざめた顔をして、尾をしまった。
「やっぱり大型犬は素直っすね~情報毎度っす」
マトラトは大型犬の頭をニコニコと撫でた。
「ひ、翡翠。これは違くて。翡翠の頑張りをフォローしたくて…」
大型犬はマトラトに撫でられながら、必死の形相で弁明した。
「やめろ、マトラト。大型犬を脅してんじゃねぇ」
翡翠は疲れたようにため息を吐いた。
「脅してないっすよ~大型犬の素直で天然な所を褒めたっす」
マトラトは大型犬にジャーキーを差し出した。
大型犬は香しい好物のジャーキーの匂いに抗えず、後ろめたさを感じつつかぶりついた。
その後も、騒がしい会議は続いた。
会議を終えると、マトラトは書類をまとめ、そそくさと扉に向かった。
「おい、マトラト。模擬戦は?」
翡翠が呼び止めた。
「悪いけど今日はパスっす~急用ができたっす」
マトラトは振り返らず、軽く手を上げて答えると、会議室を出て行った。
“少し頼んだっすよ、フクロウ”
“仰せのままに”
フクロウはマトラトのいた机で翡翠を見つめていた。
「さて、適当に誰か捕まえっかなぁ。ま、マトラトじゃなきゃ相手になんねぇんだけど」
翡翠はぶつぶつ考えながら、歩き出した。
フクロウは飛び立ち、翡翠の肩に乗った。
「翡翠、先程オリスから書類仕事をもらっていましたね」
「だから何だよ?」
フクロウの言葉に、翡翠は顔を引き攣らせた。
「あれは少々手こずるかと。お手伝い致しましょう」
「けっ!俺は今、頭より身体を動かしたいね」
翡翠は苛立って答えた。
「締め切り期限も短かった筈。遅れて持って行くと、オリスより面倒なあのオウムが、また一言二言うるさいですよ。それでもよろしいので?」
フクロウは後方のオウムに目配せをした。
後ろの上空では、「期待の新星、デルモンド。失言、失言」とアナウンスしながらオウムが旋回していた。
翡翠は音声だけを聞きながら心底嫌な顔をし、「わぁったよ」とフクロウと大型犬を連れて、自室へ戻った。
自室へ戻ると、光魔法で白い灯りを部屋全体に灯し、仕事机に腰掛けた。
苛立ちながらドカッと座ると、昨夜の腹の傷が痛み、顔をしかめた。
フクロウは翡翠の表情を確認しつつ、書類仕事を促した。
翡翠は書類を広げ、フクロウの助言やアドバイスを聞きながら、書類を進めた。
“もう間もなく、書類が完成致します”
フクロウは念話でマトラトに報告していた。
書類が完成し、翡翠は身体の力を抜き、椅子にもたれた。
フクロウが労いの言葉を掛けていると、ノックの音が響き、マトラトが入って来た。
手には木のバスケットと木の箱を持っていた。
「翡翠先輩がデスクワークっすか?真面目っすね~」
マトラトは隣の部屋に繋がる扉に向かった。
「うるせぇ。お前んとこのフクロウにやらされたんだよ」
翡翠は慣れない事務作業の疲れと傷の痛みに苛立ちを隠せなかった。
「ですが、やらなければとご判断したのは翡翠ですよ?」
フクロウは微笑んだ。
「理詰めすんな、お前の羽もむしるぞ」
翡翠は睨み付けた。
部屋の奥からは、マトラトの翡翠を呼ぶ声が聞こえた。
翡翠は仕方なく椅子から立ち上がり、大型犬と共に向かった。
フクロウは一足早く、マトラトの元へ向かっていた。
翡翠が部屋に入ると、マトラトはベッドに翡翠を座らせた。
「おい、何すんだよ…」
翡翠が戸惑っていると、マトラトは翡翠の前に膝を付き、翡翠の服をめくりあげた。
「あ~結構深くもらったっすね。痣だけじゃなくて血まで滲んでるじゃないっすか」
「や、やめろっ」
翡翠は慌てて服をもぎ取り、隠した。
マトラトはやれやれという顔をしながら、後ろのダイニングテーブルに置いた木箱を取りに向かった。
「恥ずかしいっすか?誰だってこんな危険な仕事してたら怪我くらいするっす」
マトラトは再び、翡翠の前に膝まづいた。
「もう痛くねぇからいいって」
翡翠は照れたような戸惑った顔をした。
「先程座るだけで顔をしかめていらしゃいましたが」
フクロウがダイニングテーブルの辺りから声をかけた。
「それはさっき!今はもう…」
「はいはい、瘦せ我慢しないっす」
マトラトは翡翠の言葉を遮り、手当てを始めた。
「ーっ」
消毒の染みる感覚、傷薬を塗られる時の振動に翡翠は声を殺した。
「腫れて熱持ってるっす。そりゃあ痛いっすよね」
マトラトは平然と手当てを続けた。
少しして手当てを終えると、マトラトは木箱を片付け、簡易キッチンに向かった。
翡翠はその後ろ姿をいつまでも見つめた。
(これが仲間、なのか?)
「翡翠先輩、何ぼーっとしてるっすか?コーヒー入ったすよ」
マトラトの呼び掛けに翡翠は我に返った。
ダイニングテーブルには、湯気の立つマグカップが二つとキラキラと艶めくカラメルのかかったプリンがあった。
「仕事終わりには甘いものが一番っす」
マトラトは微笑んだ。
そして大型犬用のミルクを翡翠の席の近くに置いた。
「翡翠!ミルク!飲もう!」
大型犬は目を輝かせ、しっぽを振った。
翡翠は席に着き、マトラト達と食卓を囲んだ。
プリンをスプーンで一さじ掬う。
柔らかい手応えと、プリンを離れる時のプルプルとした揺れが躍動的だった。
なめらかな舌触りと甘いバニラの香りが口一杯に広がり、流れるように喉を潤した。
「これ、マトラトの手作り?」
翡翠は欠けたプリンを見つめた。
「そうっすよ。やっぱり店には負けるっすね~」
マトラトは自身のプリンを味わいながら答えた。
「いや、マトラトの方がうめぇよ。あんま俺、店の食ったことねぇけど」
翡翠はプリンを見つめて、少し照れた顔をした。
「そうっすか?食べてくれる人がそれだけ美味い評価をしてくれるのは嬉しいっすね」
マトラトはニカッと笑った。
少しの雑談を挟みつつ、翡翠達はしばらくゆったりと過ごした。
「じゃ、一度部屋に戻るっす。また寝る前にはガーゼの貼り替えに来るっすから、逃げないで下さいっす」
「逃げねぇよ」
翡翠ははバツが悪そうな顔をした。
マトラトはプリンやコーヒーの入っていた木のバスケットを持って、フクロウと部屋を後にした。
大型犬の寝息だけが聞こえる静かになった部屋で、翡翠はマトラトを思い出した。
マトラトは俺の直属の部下だ。
部下だから、上司の世話を焼く?
部下だから、俺が何を言ってもついて来る?
他の奴等は恐れて近付かないか、大方離れていく。
でも、マトラトだけは離れなかった。
何でだ?
翡翠はマトラトの真意を掴み切れずにいた。




