二十二話 クレバス動乱―7 ※他視点
ノエルがこの地に来たのはレイン王女が亡くなってから初めてだった。
彼女と共に何度も出入りしたこの離宮は、既に誰の手入れも行われておらず、ホコリが被っていた。
元々は白亜の美しい離宮だった此処は、当時の面影も消えすっかり寂しい様相になっていた。
アダムに伝えられたレイン王女が最後に残した秘密を聞き、直ぐに駆け出し到着したノエルは周囲を見て当時を思い出して感傷に浸ってしまう。
「いけない。早く戻らないと」
アダム卿を待たせてしまっているのだと考え、直ぐにノエルは歩き出す。
レイン王女が言った『思い出の場所』とはきっとあそこだろう。
離宮の奥、裏庭の庭園にたどり着いたノエルが辺りを見回し、そして、裏庭の中央にある大きな楓の木の下に移動する。
ここは、王女と初めて会った場所であり、ノエルが初めて王女に誓いを立てた場所だった。
「レイン様・・・私は」貴方様をお守り出来なかった。
俯き、暗い顔をするノエル。
彼女が此処に来れなかった理由は、自身が立てた誓いを思い出し、当時を思い出し、そして後悔すると分かっていたからだった。
あの時、レイン王女様の命令を・・・拒否してでもお守りしていれば今頃彼女は助かっていたと。
どさりとその場に膝を付く。
アダム卿を待たせている、それに、彼女が残した最後の言葉を確かめる必要がある。
それでも、彼女の後悔の念は止まらない。
彼女が何でアダム卿にこの地を教えたのか。
その真意はもう知るすべはない。
「レイン様・・・私は」
ふと、木の根元を見つめ違和感を覚える。
何故か、そこだけまるで土を掘り起こして、また埋めたかの様に荒れている場所がある。
――こんな風に荒れていたかしら?
はっとして、ノエルが荒れた場所を掘り起こす。
土で服が汚れるのも気にせず。そしてたどり着いた。
土に汚れた、一つの缶が出てきた。
彼女が普段、好きで良く食べていたお菓子のブリキ缶。
土を払い、取り出してマジマジと見つめ、開ける。
中には一通の手紙と書類が入っていた。
あて先は『ノエル・ローズマリー』そして『帝国で最も信頼する人へ』と書かれたそれを手に取る。
帝国で最も信頼する者、それがアダムだったのだとノエルは理解した。
かの国の魔王と恐れられている彼を信じたレイン王女が最後にアダムに告げたのだと。
手紙を開き中身を確認していくノエル。
そして―――全てを理解した。
何故、暗殺依頼が行われたのか、そして、何故それを帝国の人間にも教えようとしたのかを。
ブリキ缶の中に入っている書類、それはある人物の不正の証拠だった。
中身を確認して、そしてブルリとノエルは震える。
アダム卿は全て分かっていた――それも、この告発状を見る前に。
「底知れない人ね。でも、そうか」
『私を求めた理由。それが、この国を救う為だったのだとしたら』
立ち上がり、手紙と書類を大事に手に取る。
手紙に記された最後の言葉『ノエル・ローズマリーを信じております』と締めくくられていた。
離宮の裏庭を出るノエル。
楓の木はまだ枯れていない。
◇◇◇◇◇
「お待たせしました。アダム卿、さっそくお聞き・・・?いない?」
応接室に戻ったノエルは、誰も居ない室内を見て不信感を募らせる。
特に、レイン王女の手紙を見た後だった為に余計に嫌な予感を覚えて机の前に移動する。
「置手紙?」
アダムが残したと思われる手紙を手に取るノエルは其処に記された内容を見て嫌な予感が強くなる。
(バック王と謁見ですって?)
一体何を考えているのだ彼は?と書類に目を落し疑問が膨らむ。
彼は知っている筈だ。裏で手を引いている存在が現国王であることを。
しかも一人で?
・・・一人?あの女性は?
彼女の事は事前にカメリア達からある程度聞いていたノエルは猶更疑問に思う。
彼女は護衛だ。そんな彼女をわざわざ引きはがした?
何が起きているのかと考えていると、ガタンっと音がして振り返る。そこには、此処の警備を任せていた兵士が居て、慌てた様子で「此処におられましたか!?」と切羽詰まった様子で膝を付く。
「何があったの?」
「緊急です。先ほど謁見に向かったアダム卿が捕縛、投獄されました」
驚愕して、慌てて詰め寄る。
一体、この数刻の間に何でそんな事態になっているのだと。
「ありえないでしょう!?なんでそんな事態に・・・いえ、そんな悠長な事を言っている場合じゃないわ、直ぐに開放しなさい」
「そ、それが・・・」
言いにくそうな兵士に苛ついたノエルが「何があるのよ」と怒気を強めて兵士を睨む。
意を決した兵士は「それが」と言い告げる。
「バック王の命により死罪だと。今、公開処刑所に輸送中との事です」
―――は?
「はあぁあ!?どうなってるの!!いえ、そんな問答は後回し!」
兵士を押しのけ駆けだす。
このまま死刑が執行されれば最悪の事態になる。それだけは絶対に避けなければ行けない。
そもそも、何で彼をバック王が急に死刑判決なんて・・・と考え気付く。
先のオルトロスの一戦。その計略を練ったのは、バック王だったと。
抜け落ちていた、と走りながら後悔する。
――バック王は既に気付いているのだ。アダム卿が自身の秘密を知っていると。
そして、そんな爆弾が目の前に居れば当然口封じをするに決まっている。
なんで、こんな簡単な事に気付かなかったのだと後悔して・・・まだ、何かを見落としていると思う。
――― マズい!!!
気付いてしまった。
アダム卿は何をしようとしているかを正確に。
彼は正しく戦争をしようとしていたと。




