第89話 第一席、剣鬼バルガス
王城・謁見の間。
伝令は地図を広げた。
「第一席バルガスは、王都へ進軍しているわけではありません。」
「一人で、国境付近の《黒曜平原》に現れました。」
王が眉をひそめる。
「一人だと?」
「はい。」
「軍勢は連れていません。」
ざわめきが広がる。
四天王第一席が単独で現れるなど、前例がない。
ガイウスは静かに目を閉じた。
「……あいつらしい。」
りょうが尋ねる。
「知ってるの?」
「ああ。」
「バルガスは戦を好まん。」
「強者との勝負だけを求める男じゃ。」
その頃。
黒曜平原。
一人の大男が大剣を地面に突き立て、座っていた。
鎧には無数の傷。
その一つ一つが歴戦を物語っている。
彼は空を見上げ、小さく笑った。
「勇者。」
「早く来い。」
「腹が減った。」
近くで肉を焼き始める。
豪快な笑い声が平原に響いた。
翌日。
りょうたちは黒曜平原へ到着した。
バルガスは肉を食べながら手を振る。
「おう。」
「来たか。」
りょうは思わず拍子抜けする。
「……え?」
「戦わないの?」
バルガスは笑う。
「腹が減っては戦はできん。」
「お前も食うか?」
「いや、遠慮します。」
「そうか。」
「うまいのに。」
紗耶は小さく吹き出した。
「四天王って、もっと怖い人かと思ってた。」
食事を終えたバルガスは立ち上がる。
巨大な大剣を軽々と持ち上げる。
その瞬間。
空気が一変した。
「さて。」
「始めるか。」
笑顔が消える。
そこにいるのは、四天王最強の武人だった。
りょうも黒耀を抜く。
「聞けぇぇぇ!!」
「我が名は!」
「漆黒の覇王・神崎りょう!!」
「勝負だ!」
バルガスは満足そうに笑った。
「いい名乗りだ。」
「では。」
「来い。」
その瞬間。
紗耶が一歩前へ出る。
静かに目を閉じる。
――《クローズドクロック》発動。
世界が止まる。
バルガスだけが静止した世界に取り残される。
紗耶は迷わず彼の大剣を弾き飛ばし、首筋へ剣を添えた。
そして時間が動き出す。
バルガスは、自分の首に剣が添えられていることに気付いた。
「……ほう。」
しばらく沈黙したあと、大きく笑う。
「ハハハハハ!」
「参った!」
「俺の負けだ!」
あまりにも潔かった。
りょうたちは驚く。
「え?」
「これで終わり?」
バルガスは豪快に笑う。
「勝負は勝負だ。」
「負けを認めん奴は武人じゃねぇ。」
彼は大剣を背負い直す。
「勇者。」
「お前には良い仲間がいる。」
「それだけで、お前は俺より強い。」
そう言い残し、背を向けて歩き出した。
その姿を見送りながら、ガイウスは静かにつぶやく。
「昔から変わらん男じゃ。」
バルガスは振り返らず、片手だけを上げる。
「次に会う時は敵じゃねぇ。」
「酒でも飲もうぜ。」
そのまま、夕焼けの向こうへ消えていった。
四天王第一席との戦いは、あまりにもあっけなく終わった。
だが、ノクスだけは遠くからその光景を見つめ、小さく息をついた。
「予定通り……。」
「これで、最後の舞台が整いました。」
彼の視線は、魔王城のある遥か彼方へ向けられていた。




