第86話 勝者の代償
鋼鉄要塞。
戦いは終わった。
第二席・アイゼンは膝をつき、剣を地面に突き立てていた。
対するりょうは、漆黒の鎧をまとったまま、一歩ずつ近づいていく。
その足音だけが戦場に響く。
紗耶は異変を感じていた。
「……りょう?」
返事がない。
いつもなら笑って答えるはずなのに。
りょうの瞳は、アイゼンだけを見つめている。
まるで戦うこと以外、何も見えていないようだった。
アイゼンは静かに笑う。
「見事だ。」
「この勝負、私の負けだ。」
そして、大剣を地面へ置いた。
「殺すなら殺せ。」
「敗者の覚悟はできている。」
しかし、その言葉を聞いても、りょうの表情は変わらない。
黒耀をゆっくりと振り上げる。
「りょう!」
紗耶が叫ぶ。
それでも動きは止まらない。
ノクスの表情が変わる。
「まずい……。」
初めて焦りを見せた。
「共鳴が、精神を侵食している。」
彼は塔から飛び降り、戦場へ向かう。
その時。
一人の少女が、りょうの前へ飛び出した。
「もうやめて!」
ルナだった。
小さな体で両手を広げる。
「アイゼンさんは、もう戦えない!」
漆黒の剣先が、ルナの目の前で止まる。
あと数センチ。
風圧だけでルナの髪が揺れる。
りょうの瞳が揺れた。
「……ルナ?」
その一言だけ。
いつもの声が、ほんの少し戻る。
紗耶は涙ぐみながら叫ぶ。
「帰ってきて!」
「りょう!」
アリシアも祈るように杖を握る。
「あなたは勇者です!」
「力に飲まれないで!」
黒耀が震える。
漆黒の鎧から黒い霧が立ち上る。
「うあああああっ!」
りょうは頭を抱え、苦しみ始めた。
「消えろ……!」
「俺は……!」
「俺は、俺だぁぁぁ!」
漆黒の鎧にひびが入る。
パキッ。
パキパキッ。
そして――
ガシャァァァン!!
鎧は黒い粒子となって砕け散った。
りょうはその場に崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……。」
意識は戻っていた。
アイゼンは静かに立ち上がる。
「勝者は、お前だ。」
そう言って大剣を背負う。
「次に会う時も、全力で来い。」
りょうは苦笑する。
「……できれば。」
「次はもっと普通に戦いたい。」
アイゼンは珍しく声を上げて笑った。
「ハハハ!」
「それは無理だ。」
「お前は、もう普通ではない。」
遠くで見守るノクスは、誰にも聞こえないようにつぶやく。
「勇者。」
「最初の侵食は止まりました。」
「ですが、一度目覚めた《共鳴》は、もう眠りません。」
仮面の奥の瞳には、不安が宿っていた。
「これから先、使うたびに……あなたは魔王へ近づいていく。」
その言葉は誰にも届かない。
りょうは仲間たちに支えられながら立ち上がる。
しかし、彼自身はまだ知らない。
自分の運命が、この戦いで大きく変わってしまったことを。




