幕間 孤独な勇者の伝説
それは、誰も知らない昔の物語。
歴史書にも残らず、語り継がれることもなかった、一人の勇者の記憶。
まだ世界が今よりも混沌としていた時代。
一人の勇者がいた。
仲間はいない。
信じる者もいない。
故郷も失い、家族もいない。
人々は彼を称賛しながらも、その力を恐れ、距離を置いた。
彼はいつしか「孤独の勇者」と呼ばれるようになった。
勇者はある日、黒い鎧を手にする。
その名は――漆黒の鎧。
鎧は勇者に圧倒的な力を与えた。
どんな魔物も一太刀。
どんな将軍も敵ではない。
しかし、その代償として、勇者の心は少しずつ蝕まれていった。
魔王城への道中。
当時の四天王最後の一人が、勇者に笑いかけた。
「お前は哀れだな。」
勇者は剣を構える。
四天王は戦いながら言葉を続けた。
「誰も隣にいない。」
「誰も、お前を理解しない。」
「その力は、人では抱えきれぬ。」
勇者は叫ぶ。
「黙れ!」
四天王は最期に笑った。
「ならば勇者をやめろ。」
「魔王になれ。」
「その方が、お前には似合っている。」
四天王は勇者の剣に倒れた。
しかし、その言葉だけは勇者の心に残り続けた。
そして勇者は魔王を討つ。
長く続いた戦いが終わり、静まり返った魔王城。
玉座の間には、誰もいない。
勇者は玉座を見つめ、ゆっくりと腰を下ろした。
静寂。
誰も祝福してくれない。
誰も「おかえり」と言ってくれない。
その時、勇者はぽつりとつぶやいた。
「……疲れた。」
「もう、一人は嫌だ。」
長い沈黙の末、彼は立ち上がる。
「次は。」
「家族を作ろう。」
「帰る場所を作ろう。」
その日。
勇者は魔王城を捨てなかった。
玉座を守る者となり、やがて人々から新たな魔王と恐れられる存在になった。
だが、その胸にあった願いは、世界征服ではない。
ただ一つ。
「もう二度と、一人になりたくない。」
その真実を知る者は、もう誰もいない。
ただ、漆黒の鎧だけが、次の主を静かに待ち続けていた。




