第50話 大魔道士ゼルグ
夜の魔法学院・大図書館。
無数の本棚に囲まれた静かな空間。
紗耶は杖を構えた。
「あなた……どうやって学院に?」
ゼルグは穏やかに笑う。
「結界?」
「そんなもの、わしには鍵のかかっていない扉と同じじゃ。」
紗耶は警戒を強める。
ゼルグは攻撃する様子もなく、本棚から一冊の魔導書を手に取った。
「時間停止。」
「実に美しい魔法じゃ。」
「しかし。」
「未完成でもある。」
紗耶は眉をひそめる。
「何が言いたいの?」
「君は時間を止める。」
「だが。」
「時間そのものを理解してはいない。」
その瞬間。
紗耶は指を鳴らした。
パチン。
「クローズド・クロック。」
世界が止まる。
静寂。
紗耶はゼルグの背後へ回る。
(これで……。)
杖を向けた。
しかし。
「……遅い。」
ゼルグの声が聞こえた。
「え?」
紗耶は目を見開く。
ゼルグだけが、ゆっくりと振り返った。
「なっ……!」
「動いてる!?」
ゼルグは笑う。
「止めた時間の中を自由には動けん。」
「じゃが。」
「干渉はできる。」
彼の指先から紫色の魔力が広がる。
止まった世界に、小さな波紋が生まれた。
「時間停止を破った……?」
「違う。」
「理解しただけじゃ。」
時間が動き出す。
紗耶はすぐに距離を取る。
その時。
「紗耶!」
図書館の扉が勢いよく開いた。
りょうが飛び込んでくる。
後ろにはガイウスとアリシアもいた。
「無事か!」
紗耶はほっと息をつく。
「うん。」
りょうはゼルグへ剣を向ける。
黒マントを翻した。
「聞けぇぇぇ!!」
ゼルグは少し首をかしげる。
「ほう?」
「我が名は!」
「漆黒の覇王・神崎りょう!!」
「紗耶に手を出すなら!」
「相手は俺だ!」
ゼルグは笑った。
「……面白い少年じゃ。」
りょうが飛び込む。
「はぁぁぁっ!」
しかし。
ゼルグは杖を軽く振るだけ。
「グラビティ。」
ズシン!!
突然、何倍もの重力がりょうへ襲いかかる。
「ぐあっ!」
膝をつく。
剣すら持ち上がらない。
「りょう!」
アリシアが支援魔法をかける。
「ブレイブ・オーラ!」
少しだけ身体が軽くなる。
それでも立ち上がるのがやっとだった。
ガイウスが前へ出る。
「ほう。」
「重力魔法か。」
ゼルグは一礼する。
「剣聖ガイウス。」
「あなたと戦うつもりはありません。」
「今日は挨拶だけです。」
「挨拶じゃと?」
「ええ。」
ゼルグは紗耶を見つめる。
「君は、もっと強くなれる。」
「だから。」
「その時を楽しみにしておる。」
紫色の魔法陣が足元に現れる。
転移魔法。
姿が消える直前。
ゼルグは最後に一言だけ残した。
「時間停止を極めたければ。」
「時間を止めることだけを考えるな。」
光が弾け、ゼルグは消えた。
静まり返る図書館。
紗耶はゼルグが立っていた場所を見つめる。
「時間を……理解する?」
学院長がゆっくりと歩いてきた。
「見たようじゃな。」
「はい。」
学院長は深く頷く。
「ゼルグは敵じゃ。」
「じゃが。」
「魔法の知識だけなら、この世界で誰よりも深い。」
紗耶は手にした魔導書を強く握りしめた。
「負けない。」
「私は、私の魔法を極めます。」
一方、りょうは重力魔法で痛めた腰をさすりながら苦笑した。
「よし。」
「俺ももっと剣を鍛えないとな。」
ガイウスは笑いながら言う。
「その意気じゃ。」
「明日から修行を二倍にする。」
「えぇぇぇぇ!?」
紗耶とアリシアは思わず笑い、緊張に包まれていた図書館に、ようやくいつもの空気が戻ってきた。




