第36話 もう一人の漆黒の覇王
霧の最深部。
りょうの前に立つのは、自分自身。
だが、その姿はまるで別人だった。
漆黒のマント。
黒い雷をまとった剣。
圧倒的な威圧感。
まさに「漆黒の覇王」と呼ぶにふさわしい姿だった。
未来のりょうが静かに口を開く。
「遅い。」
「弱い。」
「迷う。」
「今のお前では、誰も守れない。」
りょうは剣を構える。
「……確かに。」
「俺はまだ弱い。」
未来のりょうは冷たく笑う。
「なら、諦めろ。」
「紗耶は時間停止だけで十分だ。」
「お前は必要ない。」
その言葉に、一瞬だけ心が揺れる。
今まで何度も抱いた劣等感。
「俺なんか……。」
そんな思いが胸をよぎる。
だが、その時。
脳裏に紗耶の声が響いた。
『りょうは私の勇気。だから、一緒にいて。』
りょうはゆっくりと顔を上げる。
「……違う。」
未来のりょうは眉をひそめる。
「何が違う?」
「昔の俺なら、その言葉で折れてた。」
「でも今は違う。」
黒マントを翻し、一歩踏み出す。
「俺は確かに弱い。」
「紗耶より弱いかもしれない。」
「でも!」
剣を真っすぐ向ける。
「だからって、隣に立つことを諦める理由にはならない!」
未来のりょうは剣を抜く。
「なら証明しろ。」
「お前の覚悟を。」
二人が同時に駆け出す。
ガキィィン!!
剣がぶつかる。
まるで自分の癖を知り尽くした相手。
一撃も通らない。
「くっ!」
「それがお前の限界だ。」
りょうは後ろへ跳び、息を整える。
(勝てない。)
(相手は未来の俺だ。)
(俺より強い。)
未来のりょうが剣を構える。
「終わりだ。」
その瞬間。
りょうはふっと笑った。
「そうか。」
未来のりょうが動きを止める。
「?」
「俺、一人で勝とうとしてた。」
《共鳴》のことを思い出す。
一人で最強になる力じゃない。
仲間と共に強くなる力。
りょうは目を閉じる。
「紗耶。」
「ガイウスさん。」
「みんな。」
「力を貸してくれ。」
もちろん、ここには誰もいない。
だが、その想いだけは本物だった。
右手から黒い火花が弾ける。
パチッ。
今までより、少しだけ大きな光。
未来のりょうは初めて驚いた。
「《共鳴》を……。」
りょうは剣を構える。
「これは俺一人の力じゃない。」
「だから!」
「負けない!」
「漆黒流――黒影一閃!!」
ズバァッ!!
黒い光をまとった一撃が、未来のりょうを捉える。
未来のりょうは静かに笑った。
「……合格だ。」
その体が霧となって消えていく。
最後に残した言葉は短かった。
「その心を、忘れるな。」
霧が晴れていく。
目の前にはノクスが立っていた。
「見事です。」
「まさか、自分自身の幻を超えるとは。」
りょうは剣を収める。
「勝った……のか?」
ノクスは首を横に振る。
「いいえ。」
「これは試験です。」
「そして、あなたは合格しました。」
仮面の奥から穏やかな声が続く。
「神崎りょう。」
「あなたは、少しだけ《共鳴》の使い方を理解しました。」
その瞬間、森全体を覆っていた霧が完全に消えた。
迷っていた旅人たちも次々と目を覚ます。
紗耶もりょうのもとへ駆け寄る。
「りょう!」
「大丈夫?」
りょうは笑って親指を立てる。
「ああ!」
「漆黒の覇王は、幻なんかには負けない!」
紗耶は安心したように笑った。
しかし、ノクスは二人に背を向けながら静かにつぶやく。
「次に会う時は試験ではありません。」
「本当の敵として、お会いしましょう。」
黒い霧とともに、その姿は森から消えていった。




