第一話 勇者は雑用から
「異能力に名前は必須! しかも時間停止なら最高にカッコいい名前がある!」
紗耶は苦笑する。
「また始まった。」
りょうは人差し指を立て、得意げに語り始めた。
「能力名は――『クローズド・クロック(Closed Clock)』!」
「クローズド・クロック?」
「そして!」
りょうは勢いよく指を鳴らした。
パチン。
「指パッチンを合図に発動!」
「……。」
「『クローズド・クロック!』って叫ぶ!」
紗耶は少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「恥ずかしいよ……。」
「異世界なんだから恥ずかしくない!」
「でも……。」
「合図があると連携もしやすいと思うからーー」
りょうは両手を合わせて頼み込む。
紗耶は深呼吸をした。指を軽く鳴らす。パチン。少し照れながら口を開く。
「・・・クローズド・クロック。」
その瞬間。世界から音が消えた。風が止まる。砂埃が空中で静止する。飛んでいた鳥も、落ちかけていた葉も、すべて動きを止めた。紗耶だけが自由に歩ける。
数秒後、能力を解除すると、世界が一斉に動き出した。
胸の奥に、言葉にできない感情が湧き上がる。
王都の冒険者ギルド。
「せっかくの異世界なんだから楽しもう。」
とういうことでクエストを受けながら旅をすることに。
「畑を荒らすスライム退治。」
「そこは無難なんだね。」
沙耶が笑う。
最初の依頼は畑のスライム。
「我が漆黒の力でーー」
「ないでしょ。」
「・・・ない。」
りょうは普通に剣で斬る。
ぷるん。
「逃げた。」
「りょう、後ろ!」
沙耶が時間を止め、一瞬で全部倒した。
農家のおじさんは大喜び。
「ありがとう!」
報酬は銀貨三枚。そして大量の野菜だった。
「今日はシチューだね。」
次の依頼は迷子の少女。
「猫を追いかけて森に・・・」
少女は泣いていた。りょうはしゃがみ込む。
「任せろ。」
「珍しくかっこいい。」
「我は闇の探知能力を持つ。」
「嘘。」
結局足跡を見つけたのは沙耶だった。猫は木の上。
りょうが木に登る。途中で落ちる。
「痛っ。」
「大丈夫?」
「予定通りだ。」
「何が?」
「敵を油断させた。」
「猫しかいないよ。」
なんとか猫を助けると、少女は笑顔で抱き着いた。
「ありがとう。」
「・・・こういう依頼も悪くないな。」
そしてゴブリン退治。
「よし! 俺が先陣を切る!」
木剣を構え、りょうが飛び出す。
「うおおおっ!」
しかし──。
「ギャッ!」
ゴブリンの棍棒を受け、あっさり尻もちをついた。
「りょう!」
紗耶が前に出る。
パチン。
「クローズド・クロック。」
世界が止まる。
紗耶は動けないゴブリンの武器を取り上げ、一体ずつ縄で縛り上げる。
能力を解除すると、ゴブリンたちは何が起きたか分からないまま倒れていた。
「討伐完了。」
りょうは頭をかきながら笑う。
「……助かった。」
「また無茶したね。」
荷馬車の護衛の依頼。
盗賊が現れた。
「今度こそ!」
りょうは火花を飛ばす。
パチッ。
盗賊たちは一瞬驚いただけだった。
「なんだ、その能力?」
「目くらましにもならねえ!」
りょうは追い詰められる。
その時。
パチン。
「クローズド・クロック。」
紗耶が盗賊たちの武器を奪い、縄で縛る。
「はい、おしまい。」
依頼主は紗耶に何度も礼を言った。
りょうには、
「君も頑張ったね。」
と、子どもを褒めるような言葉だけだった。
さらに数週間後。
巨大なオオカミ型の魔物が現れる。
りょうは仲間を守ろうと前へ出た。
だが、一撃で吹き飛ばされる。
「りょう!」
紗耶はすぐに能力を発動。
時間を止め、りょうを安全な場所まで運び、魔物の急所を狙って勝負を決めた。
そんな日々が続いた。
宿代を稼げたのも。
依頼を成功させられたのも。
危機を乗り越えられたのも。
そのほとんどが紗耶のおかげだった。
酒場では冒険者たちが噂する。
「時間停止の少女は本物だ。」
「でも、一緒にいるあの男の子は何なんだ?」
「荷物持ちか?」
「いや、幼馴染らしいぞ。」
その言葉が、りょうの胸に刺さる。
夜、宿の屋根に一人で座り、星空を見上げる。
「……情けないな。」
火花を出してみる。
パチッ。
それだけ。
「厨二病なら、もっと派手な能力が欲しかったな。」
後ろから足音がした。
「また一人で考え込んでる。」
紗耶だった。
焚き火を見つめながら、りょうは呟く。
「俺……いらないんじゃないかな。」
「え?」
「時間を止められて、剣も強くて、魔法まで使える。沙耶一人で全部できる。俺は火花だけ。」
右手から小さな火花が散る。
パチッ。
「笑えるよな。」
沙耶は少し黙ってから、りょうの隣に座った。
「私は一人じゃここまで来られなかったよ。」
「でも……。」
「昔、転んで泣いてた私の手を引いてくれたのは、りょうだった。」
「テスト前に勉強を教えてくれたのも。」
「怖い犬から守ってくれたのも。」
「全部りょう。」
りょうは視線を落とす。
「今は私の方が強いかもしれない。でも、私はりょうと一緒だから頑張れる。」
沙耶は笑って拳を軽くぶつけた。
「だから、いらないなんて言わないで。」
その言葉に、りょうは少しだけ笑顔を取り戻す。




