第九話 休憩…?
馬車は山道をゆっくり進んでいた。
ガタゴト、と一定のリズムで車輪が揺れる。
窓の外では、深い森が流れるように後ろへ過ぎていく。
風凪道場を出てから、すでに半日ほど経っていた。
俺は窓際に座りながら、小さく息を吐く。
「……揺れるな」
「山道ですからね」
向かいに座るアレンが静かに返す。相変わらず姿勢が異様に綺麗だ。
長時間馬車に揺られているというのに、一切崩れない。
騎士団長ってのは皆こうなのか?
いや、こいつが真面目すぎるだけか。
一方で。
「うわー! 懐かしい!!」
リゼは完全に遠足気分だった。
窓を全開にして外へ身を乗り出し、流れる景色を見ながら騒いでいる。
「師匠! ここ覚えてる!? 昔、山賊いた場所!」
「いたな」
「あと師匠が山賊の剣全部折った!」
「脅かしただけだ」
「いや十分怖いって」
門下生がいたら絶対目を輝かせてたな、この話。
するとリゼは、さらにテンションを上げる。
「あとさあとさ! あの橋! 師匠があたし投げた橋!」
「お前が川へ飛び込みたいって言ったんだろ」
「普通もっと優しく下ろさない!?」
「面倒だった」
「ひどっ!?」
アレンが静かに補足する。
「ちなみに、その後リゼは流されました」
「言う必要ある!?」
馬車の外で護衛している騎士たちから、小さく笑いが漏れる。
……なんか普通に馴染んできてるな。
最初はあれだけ緊張していたのに。
ちらりと視線を向けると、若い騎士の一人が慌てて背筋を伸ばした。
「し、失礼しました!」
「別に怒ってねえよ」
むしろ、もっと堅苦しくされる方が疲れる。
すると、リゼがにやにやしながら俺を見る。
「師匠ってさ、意外と優しいよね」
「どこがだ」
「えー? だって昔からなんだかんだ面倒見いいじゃん」
「気のせいだ」
「門下生にもめちゃくちゃ甘いし」
「甘くない」
アレンが静かに頷く。
「確かに、昔よりかなり丸くなっています」
「お前まで何言ってんだ」
昔から普通だと思うんだが。
そんなやり取りをしているうちに、馬車は街道へ出る。
山道より広く整備された石畳、旅人や商人の姿も増えてきた。
すると当然のように、周囲の視線がこちらへ向く。
王国騎士団直属の馬車。
しかも護衛付き。
目立たないわけがない。
「あれ騎士団の馬車じゃないか?」
「紋章付きだぞ……」
ざわつきが広がる。
そして。
リゼが窓から手を振った。
「やっほー!」
「うおっ!?」
旅人が二度見した。
「そ、蒼嵐!?」
「本物!?」
一気に騒ぎになる。
俺は頭を押さえた。
「だから静かにしろって……」
「えー? せっかく気づいてくれたのに」
「お前は芸人か」
すると今度は、子供たちが駆け寄ってきた。
「うわぁ! 蒼嵐だ!」
「本物だー!」
リゼは満更でもなさそうに笑う。
「あははっ! 元気いいねぇ!」
そして当然のように風を起こした。ぶわっ、と突風が巻き起こる。
子供たちが歓声を上げた。
「すげぇぇぇ!!」
「飛んだ! 帽子飛んだ!!」
「お前はしゃぎすぎだ」
「サービス精神だよ!」
絶対違う。
さらに数時間後、馬車は街道沿いの宿場町へ到着した。
石造りの建物が並ぶ、中規模の町。
旅人、商人、冒険者。
色んな人間が行き交い、かなり賑わっている。
だが。
王国騎士団の豪華馬車が入った瞬間、空気が変わった。
「あれ騎士団じゃないか?」
「なんか偉い人来たぞ……」
町人たちが次々と視線を向ける。
馬車が中央広場へ止まる。
護衛騎士が扉を開いた。
最初に降りたのはアレン。
その瞬間。
「け、剣牙だ……!」
「騎士団長様!?」
空気がざわつく。
さらに後ろからリゼが飛び降りた。
「うわっ、いい匂い! 串焼きある!」
「蒼嵐までいるぅ!?」
一気に騒ぎが大きくなる。町の店主たちが慌て始めた。
「お、おい席空けろ!」
「英雄様方だぞ!」
「今なら絶対店の宣伝になる!」
商魂たくましいな。
俺はまだ馬車から降りていなかった。
嫌な予感しかしない。
「……帰りたい」
「まだ王都着いてませんよ師匠」
リゼが笑う。
俺はため息をつきながら、ゆっくり馬車を降りた。
その瞬間だった。
ざわつきが、ぴたりと止まる。
妙な静寂。
知らない顔のはずだ。
なのに、何人かの表情が変わっていた。
特に年配の男たち。
元冒険者らしき大柄な男が、目を見開く。
「……まさか」
男の手が震えている。
「ロウ……ヴァレイス……?」
その声に、周囲がざわつく。
「え?」
「誰だ?」
「ロウ・ヴァレイスって……」
だが、年配者たちの反応は違った。
青ざめる者。
固まる者。
信じられないものを見る目をする者。
そして、一人の老人が震える声で呟いた。
「“剣聖”……」
空気が変わった。
その単語が波紋みたいに広がっていく。
「剣聖?」
「え、あの剣聖?」
次の瞬間。
「ええええええええええっ!?」
広場が爆発したみたいな騒ぎになった。
「剣聖ぃ!?」
「生きてたのか!?」
「いや死んだなんて話あったか!?」
「本物!?」
子供たちが目を輝かせる。
冒険者たちは顔を引きつらせる。
年配の人間ほど反応が重い。
それだけ昔を知っているのだろう。
すると、さっきの元冒険者らしき男が、恐る恐る近づいてきた。
「……あんた、本当にロウ・ヴァレイスなのか?」
「そうだが」
男が息を呑む。
「俺、昔見たことある……」
「?」
「北部戦線で……一人で砦止めてた……」
周囲が静まり返る。
リゼがにやにやし始めた。
「いやー、あの時の師匠すごかったよね!」
「喋るな」
「敵軍の突撃全部一人で止めてさ!」
「盛るな」
アレンが静かに補足する。
「事実です」
「お前もやめろ」
町人たちがざわつく。
「え……」
「化け物か……?」
うるさいな。
俺は深くため息をつく。
だから来たくなかったんだ。




