第十話 銀刃
宿場町の騒ぎは、結局一時間経っても収まらなかった。
「剣聖がいるぞ!」
「本物か!?」
「写真――じゃない、記録魔導具持ってこい!」
「だから囲むなって……」
俺は完全に疲れていた。
広場ではちょっとした祭りみたいになっている。
屋台の店主が勝手に“剣聖記念割引”とか始めるし、子供たちは目を輝かせながらついてくるし、冒険者たちは遠巻きにこっちを見てくるしで落ち着かない。
リゼはめちゃくちゃ楽しそうだった。
「師匠人気者じゃん!」
「お前のせいでバレたんだろうが」
「えへへ!」
反省ゼロだった。
一方アレンは、騎士たちへ冷静に指示を飛ばしている。
「一般人を押さえつける必要はありません。ですが馬車周辺の警備だけは維持してください」
「はっ!」
さすが騎士団長、こういう時の処理が早い。
すると、町の宿屋の主人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「き、騎士団長様! 本日はぜひうちの宿へ!」
「いや、こっちだ!」
「蒼嵐様ならうちの料理を――」
宿屋同士で客引きが始まった。
完全に商戦である。
俺はそっとその場を離れようとした。
だが。
「師匠どこ行くの?」
リゼが即座に捕まえる。
「逃げようと思ってな」
「だめだよー! 今主役なんだから!」
主役になった覚えはない。
すると、ふと空気が変わった。
……静かだ。
さっきまで騒いでいた広場が、少しずつ静まっていく。
人々の視線が、一方向へ向いていた。
石畳の道。
その奥から、一人の女性が歩いてくる。
銀色の長髪。
白と蒼を基調とした魔導師衣装。
腰には細身の剣。
凛とした空気を纏うその姿に、周囲が息を呑む。
「……銀刃」
誰かが呟いた。
王立魔導学院主席教官。
八傑、 “銀刃”セリア・アークライト。
彼女は騒がしい広場を見渡し、小さくため息をついた。
「……やはりこうなりましたか」
呆れ半分。
諦め半分。
完全に予想済みの顔だった。
リゼが勢いよく手を振る。
「セリアー!!」
「あなたは少し静かにしてください」
即答。
リゼが「ひどい!」と騒いでいる。
セリアはそれを軽く無視し、こちらへ歩いてきた。
周囲の人々が自然と道を開ける。
さすが八傑、存在感が強い。
そしてセリアは、俺の前で静かに立ち止まった。
数秒の沈黙の後、彼女は小さく頭を下げる。
「……お久しぶりです、先生」
昔と変わらない呼び方だった。
「久しぶりだな、セリア」
「十年ぶりくらいでしょうか」
「そんな経つか?」
「経ちます」
即答だった。
セリアはゆっくり顔を上げる。
冷静そうな顔。
だが、その瞳には少しだけ感情が滲んでいた。
「相変わらず、全く老けませんね」
「お前もな」
実際、セリアも昔とほとんど変わっていなかった。
元々整っていた顔立ちに、さらに落ち着いた雰囲気が加わっている。
するとリゼが横から割り込んできた。
「ねえセリア! 師匠がまた“面倒だから帰りたい”って言ってた!」
「でしょうね」
理解が早い。
セリアはため息をつき、こちらを見る。
「先生。念のため言っておきますが、今のあなたは昔以上に有名です」
「なんでだよ」
「弟子たちが暴れ回った結果です」
横を見る。
リゼが目を逸らした。
アレンは無言だった。
多分自覚あるなこいつら。
すると、周囲の人々がざわつき始める。
「銀刃と剣牙と蒼嵐が並んでる……」
「しかも真ん中に剣聖……」
「八傑が三人ってどうなってんだ……?」
完全に異様な光景らしい。
まあ、俺でもそう思う。
すると、セリアが静かに口を開いた。
「ここでは落ち着いて話もできません。王都へ向かう前に、少し休憩を取りましょう」
「賛成!」
リゼが即答する。
「お腹空いたし!」
「さっき串焼き五本食っただろ」
「別腹!」
元気すぎる。
セリアは慣れた様子で流しつつ、アレンへ視線を向ける。
「会議の日程は?」
「明後日です」
「……やはり急ですね」
その瞬間だけ、セリアの表情が少し鋭くなった。
俺はその変化を見逃さなかった。
「何かあるのか」
セリアは一瞬黙る。
周囲へ視線を向け、それから小さく口を開いた。
「先生。今回の件、想像以上に厄介かもしれません」
声音が違った。
さっきまでの穏やかな空気じゃない。
魔導学院主席教官としての顔。
セリアは静かに続ける。
「現在、王国内で確認されている“魔導刻印暴走”ですが――」
彼女はわずかに目を細めた。
「……あれは、人為的に作られています」




