第六話 稽古
翌朝。
山に朝日が差し込み、風凪道場にもいつもの静かな朝が訪れていた。
……はずだった。
「うおおおおおっ!! 朝だぁぁぁぁぁ!!」
バァンッ!!
障子が勢いよく開く。
廊下を全力疾走していたのは、リゼだった。
「師匠! 朝稽古しよ朝稽古!!」
「朝からうるせえ……」
まだ寝ている門下生もいる時間だぞ。
だがリゼはお構いなしだった。
「いや〜懐かしいなぁ! 昔さ、朝一番で師匠に挑んで毎回ぶっ飛ばされたよね!」
「お前が勝手に突っ込んできてただけだ」
「しかも毎回“今日はいける!”って思ってたんだよ!」
「学習しろ」
そんなやり取りをしていると、眠そうな顔の門下生たちが次々と道場へ集まってくる。
「あ……おはようございます師範……」
「蒼嵐様朝から元気だな……」
リゼはにかっと笑った。
「よーし! 今日は特別にあたしが稽古つけてあげる!」
一瞬の沈黙。
そして。
「「「お願いします!!」」」
食いつきが凄い。まあ無理もないか。
八傑直々の指導なんて、普通なら金を積んでも受けられない。
だが俺は知っている。
こいつの指導は、かなり雑だ。
「先に言っとくが、怪我させるなよ」
「えー? 大丈夫だって!」
信用ならん。
案の定、数分後。
「はいもっと速くー!!」
「む、無理ですぅぅぅ!?」
門下生たちが泣きそうになっていた。
リゼは木剣片手に暴風みたいな速度で動き回っている。
「遅い遅い! そんなの実戦なら三回死んでるって!」
「実戦基準が高すぎるんですよぉ!!」
年少組が半泣きだ。するとアレンが静かに前へ出た。
「リゼ」
「ん?」
「基礎から教えてください」
「えー」
不満そうな声。
アレンはため息をつき、門下生たちへ向き直る。
「まず足運びです」
一瞬で空気が変わった。背筋が伸びる。
さすが騎士団長。
教える側に回ると妙に説得力がある。
「剣は腕で振るものではありません。重心移動と踏み込みで威力を乗せます」
実演。
無駄がない綺麗な剣だ。
門下生たちが真剣な顔になる。
「す、すげぇ……」
「めちゃくちゃ分かりやすい……」
するとリゼが頬を膨らませた。
「むー。なんかアレンだけ先生っぽい」
「あなたは感覚で教えすぎです」
「だって“こう!”ってやればできるじゃん!」
「できません」
即答だった。
門下生たちも全力で頷いている。
俺は縁側でお茶を飲みながら、その様子を眺めていた。
……なんだこれ。
八傑二人が普通に道場で教えてるんだが。
すると年長の門下生がそっと近づいてくる。
「師範」
「ん?」
少年は少し緊張した様子で言った。
「昨日、眠れませんでした」
「なんで」
「だって師範が剣聖で、八傑の師匠で、蒼嵐様と騎士団長様が普通に道場にいて……」
まあ、うん。気持ちは分かる。
少年は少し迷ったあと、小さく聞いた。
「……師範って、昔どれくらい強かったんですか?」
その瞬間。
ピタッ。
アレンとリゼの動きが止まった。
嫌な空気。
「……おい」
俺が止める前に、リゼが勢いよく振り返った。
「え!? 聞きたい!? 聞きたいよね!?」
「やめろ」
「まず師匠ね、昔ドラゴン斬った!」
「おい」
「しかも空飛んでるやつ!」
「盛るな」
「あと一人で戦争止めた!」
「語弊がある」
アレンが静かに補足する。
「事実です」
「お前まで乗るな」
門下生たちが絶句していた。
「え……」
「ドラゴン……?」
「戦争……?」
リゼは完全にテンションが上がっていた。
「あとねあとね! 昔、師匠に挑んだ剣士が百人以上――」
俺は木刀を投げた。
ゴッ。
「いたぁっ!?」
リゼの額に直撃する。
「余計なこと喋るな」
「なんでさー!?」
門下生たちが笑い始める。
昨日まで遠い存在だった八傑が、少しずつ身近になっていた。
そんな空気の中、アレンがふと真面目な顔になる。
「……師匠」
声音が変わった。
「王都から正式な召集が来ています」
道場の空気が静まる。
アレンは静かに続けた。
「三日後、 “八傑会議”が開かれます」
リゼも笑みを消していた。
「……多分、全員集まるよ」
八傑全員。
つまり――
世界最強クラスが、一堂に会する。




