第五話 蒼嵐
「きゃああああああっ!?」
門下生たちの悲鳴が夜の山に響く。
無理もない。今度は八傑本人が空から降ってきたのだから。
土煙の中心で、リゼは豪快に笑っていた。
「ははっ! みんないい反応するねぇ!」
青い長髪が夜風に揺れる。
腰まで届く髪の隙間から、鋭い金色の瞳が覗いていた。
肩には巨大な剣。
普通の人間なら持ち上げるだけでも苦労しそうな大剣だが、リゼは枝でも担ぐみたいに軽々と背負っている。
そして何より周囲を包む風の魔力が尋常じゃない。立っているだけで空気が流れている。
「……お前、登場の仕方を考えろ」
俺が呆れて言うと、リゼは満面の笑みで両手を広げた。
「えー? だって久々の帰省だよ? 派手な方が楽しいじゃん!」
「ここ道場なんだが」
「壊れてない壊れてない!」
実際、着地地点の地面は陥没していた。
壊れてる。
門下生たちは完全に硬直している。
「あ、蒼嵐……本人……」
「新聞で見た人だ……」
「めちゃくちゃ美人……」
「いやそこじゃないだろ!?」
ひそひそ声が飛び交う。
リゼはそんな視線に気づくと、にっと笑って片手を上げた。
「どーも!」
その瞬間、年少組が吹き飛びそうな勢いで頭を下げた。
「お、お会いできて光栄です!!」
「わっ、びっくりした!」
リゼが目を丸くする。こいつ、自分の知名度に無頓着なんだよな。
アレンが静かに口を開く。
「リゼ、もう少し静かに来られなかったのですか」
「無理!」
即答だった。
「ていうかアレン、相変わらず堅いねぇ。もっと肩の力抜けば?」
リゼはアレンの肩をばんばん叩く。だが騎士団長は眉一つ動かさない。
「……あなたはもう少し落ち着きを覚えてください」
「えー」
昔から変わってないな、本当に。
するとリゼが急にこちらへ顔を向けた。
「ていうか師匠!」
嫌な予感。
「会いたかったー!!」
突撃。
「うおっ!?」
リゼが勢いそのまま抱きついてきた。
ゴシャッ!!
縁側が砕けた。
「お前重っ!?」
「ひどっ!?」
門下生たちが完全に固まる。
「えっ」
「蒼嵐様が師範に抱きついた」
「え、距離近くない?」
「いやそれより縁側壊れたぞ!?」
俺はリゼの頭を掴んで引き剥がす。
「離れろ。あと壊すな」
「えへへ、つい勢いで」
「大型魔物かお前は」
だがリゼは気にした様子もなく笑っていた。
その笑顔を見ていると、ふと思い出す。
昔からこいつはこうだった。
入門初日から山猿みたいに走り回って、門を飛び越えて、他の弟子と喧嘩して。
それでいて剣を握れば誰より才能があった。
天才、だが同時に問題児。
アレンが優等生なら、リゼは暴風だった。
「で? 師匠も行くんでしょ?」
リゼが当然のように言う。
「断る」
「えー!?」
門下生たちが少し驚く。
八傑直々の頼みを即断るとは思わなかったのだろう。
リゼは頬を膨らませた。
「なんでさ! 絶対来た方がいいって!」
「面倒くさい」
「理由それだけ!?」
「十分だろ」
俺が言うと、リゼはアレンを見る。
「ねえアレン、師匠昔より頑固になってない?」
「元からです」
「それもそっか!」
妙に納得された。するとリゼは急に真顔になる。
「でもさ」
空気が変わる。
さっきまでの軽い雰囲気が、一瞬で消えた。
門下生たちも息を呑む。
「今回、本当にヤバいよ」
低い声だった。俺とアレンの視線がリゼへ向く。
「西で暴れてたワイバーン、あれ普通じゃなかった」
リゼは腕を組む。
「痛み感じてなかった。体ボロボロでも突っ込んできたし、魔力の流れも変だった」
「……魔導刻印か」
俺が言うと、リゼが頷く。
「多分ね。それに――」
一瞬だけ、リゼの顔から笑みが消えた。
「空に“穴”みたいなのが見えた」
沈黙。アレンが眉をひそめる。
「穴?」
「うん。空間が裂けたみたいな感じ。そこから変な魔力が漏れてた」
俺は目を細める。それは聞き捨てならない。
空間干渉系の魔術は超高位だ。
国家レベルでも扱える人間は限られる。
リゼは続ける。
「しかも、それ見た直後に魔物が狂暴化した」
アレンが低く呟く。
「……やはり繋がっていますか」
空気が重くなる。
門下生たちも、さすがに異常事態だと理解したらしい。
さっきまでの興奮が消えていた。
するとリゼが、ふっと笑った。
「ま、だからさ」
リゼが真っ直ぐ俺を見る。
「師匠が必要なんだよ」
その言葉に、俺は黙る。
昔からそうだ。
こいつらは、困った時だけ俺を引っ張り出そうとする。
……いや。
違うな。
困った時ほど、 “俺なら何とかする”と信じている目だ。
面倒な弟子たちである。
その時だった。
「――あ」
リゼがぴたりと動きを止める。
「ん?」
するとリゼは、ものすごく真剣な顔で自分の腰を探り始めた。
「……ない」
「何が」
「財布」
沈黙。
アレンが静かに目を閉じる。
俺は嫌な予感しかしなかった。
「……お前、まさか」
リゼは冷や汗を流しながら笑った。
「えへ」
「えへ、じゃねえ!!」
門下生たちがぽかんとしている。
リゼは慌てた様子で大袋を漁り始めた。
「おかしいな!? 絶対ここに入れたんだけど!?」
「王都からここまで来る間に落としたんじゃないのか」
「そんな馬鹿なことある!?」
数秒後。
「……あ」
リゼの動きが止まる。
「心当たりある顔だな」
リゼは視線を逸らした。
「屋台通りで串焼き買ってぇ……」
「おう」
「そのあと果物串見つけてぇ……」
「嫌な予感しかしねえ」
「大食い勝負始まってぇ……」
アレンが額を押さえた。
「またですか……」
「いやだってあのおじさんめちゃくちゃ煽ってきたんだって!」
リゼは必死に弁解する。
「『姉ちゃん細いのに食えるのか?』って言われたら行くしかないじゃん!?」
「行かなくていいんだよ」
俺は即答する。
門下生たちはだんだん察し始めていた。
「……もしかして」
「お金、全部使ったのか?」
リゼが固まる。
そして、ゆっくり目を逸らした。
「…………」
「使い切ったな?」
「……屋台通り制覇しちゃった☆」
「語尾で誤魔化すな」
門下生たちから笑いが漏れる。
「あはははっ!」
「蒼嵐様そんな人なんだ!?」
「ちょっと親近感湧いた……」
するとリゼが急に真顔になった。
「師匠」
「断る」
「まだ何も言ってない!」
絶対金貸せって言う流れだったろ今。
リゼはぶーぶー文句を言いながら床へ転がる。
「うぅ〜……王都まで帰れない……」
「八傑が何やってんだ……」
アレンが深いため息をついた。
「ちなみに宿代も無いそうです」
「なんで知ってる」
「来る途中で聞きました」
リゼは開き直ったように笑う。
「というわけで泊めて!」
「帰れ」
「冷たっ!?」
門下生たちは完全に笑いを堪えきれていなかった。
王国最強の一人。
“蒼嵐”リゼ・クラウ。
その実態は、自由奔放すぎる問題児だった。




